マネジメント革命


副題:「燃える集団」を実現する「長老型」のススメ
著者:天外 伺朗  出版社:講談社  2006年10月刊  \1,575(税込)  287P


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学生時代の私は、周りが就職活動で騒がしくなるまで、自分の志望する会社を探そうとしたことがありませんでした。学問に没頭していたとか、就職を嫌っていたというわけではなく、単にノンビリ屋だったのです。
なんとか就職に成功したものの、自分の会社がどういう会社なのかを知ったのは入社してからでした。他にどんな特長のある会社があるのか、なんて考えても後の祭りです。


あの頃にもどって、もし会社を選びなおすことができるなら、真剣に考えてみたい会社が2つあります。
1社はリクルート。そして、もう1社がソニーです。


リクルートは、また別の機会に取り上げるとして、「今日の一冊」の著者は、CDやアイボの開発責任者を担当し、42年間勤めたソニーを昨年5月末に退職した土井利忠氏です。(天外伺朗というのは、個人で本を書くときのペンネームです)


天外氏は、ソニーの創業期から勃興期に存在した自由闊達な社風をふり返り、いったい何がソニー成長の秘訣だったのかを分析し、井深初代社長の行っていたマネジメントがどれだけ素晴らしい方式だったかを解説しています。
多くの部下を指揮して研究開発を進めてきた著者は、マネジメントにも力を入れてきました。アメリカから伝えられた「成果主義」も積極的に導入し、これで企業は活性化する、と期待していたところ、当初の目論見とまったく正反対になりました。
会社の活力は下がる、収益は悪化する。人間関係はギスギスし、会社中が無責任人間だらけになっていく。それこそ地獄の様相になり、心身に変調をきたす従業員が激増する。


成果主義の素晴らしさを信じていた著者は、最初は、いったい何が起こったのか、さっぱり分かりませんでした。しかし、やっと成果主義の弊害によって組織風土が蝕まれてしまったことに気づきます。


そんなとき参加したアメリカ西海岸でのシンポジウムで「フロー経営論」を知りました。
シンポジウムでフロー経営を説明するために講演者が示したのは、なんとソニーの会社設立の目的の次の項目でした。

  真面目ナル技術者ノ技能ヲ最高度ニ発揮セシムベキ自由豁達ニシテ
  愉快ナル理想工場ノ建設

著者が何千回となく目にしてきた井深初代社長の言葉をこんなところで目にするとは。
著者は心の中で叫びました。あんまりじゃないか、アメリカさん!
合理主義経営で日本をボロボロにしておいて、一方でソニーの古き良き伝統を理論化体系化しようとしている。あんまりじゃないか、と。


著者は、あらためて井深社長の型破りのマネジメントスタイルに思いを馳せます。


井深さんは、徹底的に部下を信頼し、受けとめ、サポートしてくれました。勢いを大切にして、部下が全力疾走できるようにしてくれました。
たとえば、著者がデジタル・オーディオの開発チームのリーダーだったとき、井深さんに「デジタル屋に、何がわかる!」と悪態をつかれたりもしました。しかし、いまから考えると安心して井深さんに逆らうことができる包容力がありました。
実際、CDが成功したとき、井深さんは「あのとき反対して悪かったね」と詫び、素直に喜んでくれました。


この井深さんの経営者としてのスタイルは、ちょうどアメリカ原住民(インディアン)の長老が一族の精神的支柱となっているスタイルと似ているのではないか、と著者は気づき、「長老型マネジメント」と命名しました。
本来なら言葉で表現できないことを、なんとか言葉で伝えてみよう、と本書で挑戦します。


著者の経験、井深氏の思い出をたっぷり織り交ぜながら、分かりやすい言葉で天外氏は説き起こし、説き継ぎ、説き終わりました。書けば書くほど井深氏の偉大さを実感した著者は、「むすび」の中で次のように謙遜しています。
   どうあがいてもお釈迦様の掌から脱出できない、
   孫悟空の心境を味わっている


著者の試みが成功したかどうか。
本書を手にとってお確かめください。