隠蔽指令


著者:江上 剛  出版社:徳間書店  2008年8月刊  \1,890(税込)  349P


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改正貸金業法改正前の金融界を背景に、法改正によって明らかになる過去の不正融資を隠蔽するよう指示されたエリート銀行マンの悲哀を描いた経済小説です。



ミズナミ銀行頭取秘書の天野は、ある日頭取から過去の不正融資をなんとか隠蔽するよう指示を受けます。
問題の案件は、先々代の頭取が起こしたスキャンダルの口止め料代わりに行った7億円の融資です。手切れ金だから返す必要はない、と居直る債務者に手を焼いて、一度は子会社のノンバンクに債権を移しました。
しかし、改正貸金業法が改正されてしまうとグレーゾーン金利廃止に伴って子会社のノンバンクも巨額の引当金を計上しなければならなくなります。不良債権の洗い出しが行われ、スキャンダルが明らかになると現頭取の責任問題にも発展しかねません。


本来なら、こういうややこしい問題を処理すべき総務部長が及び腰のため、天野は頭取秘書として奔走をはじめました。


難しい問題になんとか筋道を立てた天野は、上司として信じていた頭取にはしごを外され、苦境に立たされます。


コンプライアンスが重視される時代だからこそ、真面目なサラリーマンはジレンマに立たされる傾向があります。
帯に大きく書かれた「もう君には用はない」は人ごとではありません。


上司にとって、部下は取替え可能な部品に過ぎないのか。


考えさせられる一書でした。



著者の江上氏は1954年1月生まれの54歳。早稲田の政経を卒業して旧第一勧銀(現みずほ銀行)に入行した、もと銀行マンです。主に人事畑でキャリアを積んだ江上氏は、広報部次長として1997年の第一勧銀総会屋事件に巻き込まれます。
本書のプロフィールに「広報部次長として混乱収拾に尽力。その後のコンプライアンス体制に大きな役割を果たす」とありますので、経営幹部に近い立場で混乱収拾に中心的役割を演じたのでしょう。


この事件を題材にした映画「金融腐蝕列島」を見たことがありますが、保身に走る経営者のなかで、正論を説き、同士を集め、銀行の改革に走る役所広司が颯爽としていました。


その後、銀行員のかたわら2002年に『非情銀行』で小説家デビューし、2003年には役員一歩手前(支店長)のサラリーマン人生を投げ捨て、作家生活に入りました。『失格社員』『大罪』『腐蝕の王国』『円満退社』などのをヒットさせたそうですが、私はこの『隠蔽指令』を読むまで江上氏の名前を聞いたことがありませんでした。


最初の30ページまでは、好色な政治家と汚い政治資金というありがちな設定に「この本、ハズレだったかなあ……」と投げ出しそうになりました。ところが、読み進んでいくうちに、ぐいぐい内容に引き込まれてしまいます。
エリートサラリーマンとして、上司によかれ、会社によかれと行動してきた真面目な主人公が、落とし穴にはめられていく。最後には上司にも見捨てられることを予感するストーリーから、目が離せなくなってしまいました。


サラリーマンとしての栄達を投げ捨て作家に転身したのも、自身の筆力に自信を持っていたからなのでしょう。


それにしても、生々しい内容です。
ひょっとすると、本書に書かれているような理不尽な上司の存在が、江上氏が銀行を飛びだす原因だったのかもしれません。