著者:ベネッセコーポレーション 出版社:日経BP社 2003年12月刊 \1,470(税込) 253P
教育産業最大手のベネッセが日本の教育問題についてどう取り組んでいるかをアピールし、目指すべき教育のあり方を読者と共に考えようとする一書です。
「ベネッセ」とはラテン語の「よい、正しい」と「生きる、暮らす」を組み合わせた造語で、「よく生きる」ことを支援するのが会社の事業方針だそうです。
進研ゼミ、赤ペン先生、しましまとらのしまじろう、たまごクラブ・ひよこクラブなど、テレビで見かけたり、お世話になった人も多いと思います。
民間企業の立場で教育と関わり、公教育を補完することで成長を続けてきたベネッセですが、文部省が1999年に学習指導要領を改訂した(ゆとり教育の推進)を境に、教育をめぐる社会環境が大きく変わってきました。この環境の変化を教育現場で敏感に感じているベネッセ社員たちは、教育とは何か、学力とは何か、ということを真剣に考えながら仕事をしています。
議論百出のこの問題に正解はありませんが、本書では、お役所とひと味違う、地に足のついた意見が表明されていました。
たとえば、第1章では高校事業部の営業本部長が登場して、高校の先生が置かれている状況を一緒に悩み、解決の道を模索しようとします。
いまの高校は、大学と中学の両方からしわ寄せを受け、サンドイッチ状態になっているそうです。つまり、大学からはそれ相応に学力を向上させて送り出すことを求められているのに、中学から受け取る子どもたちは、学習習慣がついていない。おまけに、生活面や部活指導、クラス運営に大忙しで、教科指導に集中していられません。
それでも、熱心な先生が生徒のことを話していると、本当に嬉しそうな顔をするのだとか。
その現場の先生に役に立てるサービスとは何か。高校事業部の挑戦が続きます。
また、進路指導のための情報誌「受験チャレンジ」の編集長は、どんな情報を提供すれば受験生にも先生にも喜んでもらえるか、日夜悩んでいます。
私が高校生だった30年前だって、自分が何をしたいのか、どんな進路に進んだらよいのか、なんて簡単に答を出せる問題ではありませんでした。しかし、いまは一昔まえよりもさらに将来展望を描きにくくなっているのだそうです。昔は、偏差値が少しでも高いところに入れれば、それなりに明るい未来を信じることができました。でも、今は違います。
そんな編集長の目標は、「僕が○○大学に入って○○を学ぼうと思ったのは、『受験チャレンジ』を読んだことがきっかけだった」と、一人でも多くの人に言ってもらえること。
メーカーでも「顧客満足」といいますが、やはり人間を相手にしている教育事業の顧客満足は、物を売っている会社の顧客満足と違いますね。編集長のロマンを感じます。
さすが業界トップだけあって、ベネッセの社内には教育総研があり、教育改革の影響を調査したり、企業が教育に果たす役割を提言したりしている。そんな活動の一端も、本書に登場しています。
ひとつ疑問を感じたのは、小論文にも事業の一環で取り組んでいることです。
小論文を実施する大学が年々増加してくると、通常の学科試験の延長としか捉えない受験生も現われます。傾向と対策を教えてもらいたい需要(受験生)があれば、ベネッセが供給者となるのは自然の流れでしょう。
しかし、受験テクニックとは別の観点で論理力・表現力のある学生を求めるのが小論文だったはずです。傾向と対策を教え、テクニックで小論文を書かせるということに違和感を覚えます。何か間違っていませんか?
最近、AO入試(アドミッションズ・オフィス入試)という方式が多くの大学で採用されています。ユニークな人材を集めようとする大学の動きに呼応して、もし、ベネッセがAO入試対策講座を開設するとしたら、どうでしょう。
需要のあるところに進出するのが民間企業と言ってしまえばそれまでですが、いくら需要があるからといって、やっていい事業とやっていけない事業がある。私はそう思います。
本書が刊行された2003年は、実はベネッセの経営がどん底の年でした。収益の柱だった進研ゼミの会員数がピークの420万人からたった3年で370万人まで激減してしまったのです。本書には書かれていませんが、本書出版の半年前に創業家社長だった福武總一郎氏が会長に退き、ソニーの役員だった森本昌義氏を社長として迎えました。
業績がV字回復した直接の要因は森本新社長の経営改革だったのかもしれませんが、会社が苦しいときも真剣に本業に取り組んできたことが復活の根本要因だったのではないでしょうか。
本書を読んで、そう思いました。