おとぎ話の忘れ物


著者:小川洋子/文 樋上公実子/絵
出版社:ホーム社  2006年4月刊  \1,785(税込)  117P


おとぎ話の忘れ物


本のさし絵は、文章にあわせて後で描かれます。
絵本の場合は絵がメインですが、やはり文章を先に書くことが多いようです。
本書は、「最初に絵を決めて、あとでその絵に合わせた物語を書く」というめずらしい順序で書かれました。


まずは、↓ をクリックして、表紙の絵の拡大画像をご覧ください。(紀伊国屋書店HPより)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/imgdata/large/483425125X.jpg


いかがですか。


この絵につけられたタイトルは「サロメ」です。
サロメ新約聖書に出てくるユダヤの王家の血筋をひく女性で、歪んだ恋心から洗礼者ヨハネの首をはねさせる、というオスカー・ワイルドの戯曲で知られています。
皿の上に乗せた預言者の首を持つ女、というモチーフを題材に多くの画家が作品を残しているそうで、樋上さんも皿の上に生首を乗せた図柄を踏襲しています。


しかし、この絵の女性は何とも無表情です。
オスカー・ワイルドの原作では、切った首にキスして、「お前の口に口づけしたよ」と語りかける不気味な女性でしたが、樋上さんの絵にはドロドロした情念と無縁の少女が描かれています。
おまけに、胸を半分はだけているのに、エロティックな印象も与えません。


こんな不思議な樋上さんの連作絵画が、全部で4シリーズ小川洋子さんの手元にとどき、小川さんは絵のイメージに合わせた物語を紡ぎはじめます。
いずれも短いおとぎ話ですので、内容の紹介は差し控えますが、帯に「残酷で可憐な物語」とあるように、どの物語も、血塗られた結末が待っています。
樋上さんといい、小川さんといい、やはり女性は、男性よりも「痛み」や「血」に強いのでしょうか。
男性には近寄れない世界を垣間見た気がします。


小川さんの文章を読んだ樋上さんは、次のように感嘆しています。
   私が好き勝手に描いたバラバラの絵が、小川さんの魔法にかかり、
   みごとにつなかったのです。
   絵の中の少女たちは息づき、語りだし、より輝いて見えました。
   この世と異なる場所にすっぽり入り込み、読み終えた時、まるで
   深い森から抜け出たようでした。


樋上さんは最後に、「読む人の心にしみ込んでいくでしょう」と結んでいます。おとなの絵本として、私もお薦めです。


ただし、女性向け。


男性が(特に私のような中年男性が)読むときは、女性向け週刊誌を覗き見するような気恥ずかしさを感じることがありますので、ご注意ください。