中原の虹 第1巻


著者:浅田 次郎  出版社:講談社  2006年9月刊  \1,680(税込)  313P


中原の虹 第一巻


中国の清王朝の末期を描いた『蒼穹の昴』の続編です。


神農・黄帝の昔から王者の証として伝えられてきた「竜玉」が、本書でも重要な役回りを持って登場します。
清王朝の絶頂期、時の皇帝乾隆帝は、子孫に伝えるべき竜玉を、密かに太祖(ヌルハチ)の祖廟に隠しました。
王者の証を失った清王朝は衰退の道をたどり、西太后の時代に西洋列強諸国の植民地化が進みました。光緒帝の支持の下、変法派と呼ばれる改革派官僚たちが政治改革を進めましたが、西太后の巻き返しに合い、栄禄、袁世凱らに武力鎮圧されました。


蒼穹の昴』の最終巻で描かれた、この「戊戌の政変」から10年が経過しました。
義和団の乱日露戦争が勃発し、清王朝がますます国力を失うなか、飢えることのない世の中を作ろう、民の苦しみを除こうとする青年主人公が登場します。


その名は張作霖満洲馬賊の長、総攬把です。


清王朝を見限った張作霖は、自らの天命の証として「竜玉」を探し出しましたが、自分は満州の覇者で終わることを悟り、息子の張学良に「竜玉」を託しました。
監禁されている光緒帝が、袁世凱に「竜玉」の秘密を打ち明け、張作霖が清国の正規軍をしのぐ勢いに勢力を伸ばし、さあ、両雄の対決近し……、というところで、第1巻は終了しました。


物語の縦糸は、壮大な歴史物語ですが、浅田次郎が綴る横糸は、任侠の世界そのものです。
張作霖は幼いころに父を亡くし、貧しさの中で育ちました。同じように働き手を亡くし、故郷の村を捨てた春雷(もう一人の主人公)は、自分ひとりが生きるために家族を捨てたことが悔悟の念となって、心の奥底に沈んでいます。


故郷を捨てた日、どうしようもない(没法子《メイファーヅ》)と口にする春雷を、兄の親友は叱りました。
  「おまえも弟や妹の身の上を心配する兄貴ならば、そんな下らん文句は
   二度と口にするな。
   没法子だと思えば、人は一歩も前に進めない。誰も生きてはいけない。
   いいな、春雷。俺と約束しろ。
   そうすればきっと、ひとりぼっちでも生きていける」


張作霖も春雷も、弱い者、虐げられた人々に共感の涙を流し、飢えないですむ社会を作るため、血を流し続けます。
やくざ小説でデビューし、任侠の世界を描いては天下一品の浅田次郎が書く物語は、やはり義理・人情が似合います。


心にジーンとくる小説であることは請け合いですが、できれば、『蒼穹の昴』を先に読むことをお薦めします。