グリム童話の世界


副題:ヨーロッパ文化の深層へ
著者:高橋 義人  出版社:岩波新書  2006年10月刊  \735(税込)  214P


グリム童話の世界―ヨーロッパ文化の深層へ (岩波新書)


グリム童話というのは、グリム兄弟がドイツ国内に伝わる民話を整理して19世紀はじめにまとめた童話集です。全部で200編ある物語には、シンデレラ、赤ずきんブレーメンの音楽隊、いばら姫、白雪姫、黄金のがちょう、など、皆さんもよくご存知の作品もたくさんあるはずです。
本書は、そのグリム童話のルーツをたどり、歴史的・民俗学的な方法で、グリム童話に書かれている内容の本当の意味を探る一書です。


グリム兄弟は、収集したお話を7回改作して出版しています。
当時、巷間に伝えられている話を、そのまま伝えるという(現代の民俗学のような)学問的伝統はなかったようです。
フランスのペロー童話は、民話を元にペロー自身が物語としての脚色を施して発表したものでした。グリムは、ペローと違ってそのままの形で伝えようとしますが、グリムにとっての「最低限」の脚色も、現代から見れば相当な改作にあたります。
本書は、グリム時代の価値観をはぎとり、本当はどのような伝統・考えかたで口承文学としてのメルヘンが成り立っていったのかを考察しています。


私が興味深く感じたのは、メルヘンには、中世ヨーロッパの飢餓や戦争の集団的記憶が秘められている、ということと、もう一つ、古代ゲルマン信仰の影響をキリスト教が排除しようとした形跡が残されている、ということです。


ひとつめの「飢餓の集団的記憶」というのは、「ヘンゼルとグレーテル」に見られるような、子どもを捨てる、子減らしをするお話です。中世ヨーロッパは、やはり貧しい社会環境だったのですね。


もう一つの古代ゲルマン信仰の影響とキリスト教の戦いというのは、文化の伝承について考えさせられる内容でした。
衝撃的だったのは、クリスマスを巡るキリスト教の動きです。古代ゲルマン信仰の最高神オーディンは、生活に深く根ざしており、冬至のお祭りも盛大に行われていました。オーディンの軍隊が12月25日から1月6日までの12日間地上を荒れ狂う、と大昔のゲルマン信仰では信じられていたからです。
キリスト教が、邪教であるゲルマン信仰の影響を排除するために取った方策は、このお祭りをやめさせることではなく、主人公をキリストにすることでした。
現在でも、ドイツの田舎ではサンタクロースにループレヒトという鬼のような姿をした従者が付き従っています。じつは彼らは古代ゲルマン信仰の最高神オーディンと関係のある気高い存在だったのですが、クリスマスがキリストに乗っ取られたことに伴って、サンタクロースの従者にさせられてしまったのです。
それでも、まだ後世に伝えられるだけましで、存在も忘れられてしまった神様も多いとのことでした。


本書で読んだ内容ではありませんが、そのサンタクロースの衣装が赤になったのは、コカコーラ社イメージのキャンペーンのせいだとか。
季節の風物詩を決めるのは、もはやお祭りや宗教などの社会的伝統ではなく、企業のキャンペーンや業種団体(バレンタインデーのチョコは、お菓子業界が仕掛けたに違いありません)の戦略による時代なのですね。


グリム童話の深読みから、いろんなことを考えさせてくれる一書でした。