副題:『叫び』奪還に賭けたロンドン警視庁美術特捜班の100日
著者:エドワード・ドルニック【著】 河野純治【訳】
出版社:光文社 2006年1月刊 \1,785(税込) 418P
1994年2月12日午前6時すぎ。
ノルウェーのオスロ市にある国立美術館の2階に展示してあったムンクの名作『叫び』が何者かによって盗まれました。
監視モニターに残った映像によると、犯人が2階へ侵入するための道具は、1本のハシゴとかなづち1個。現場に残された絵葉書には、「手薄な警備に感謝する」というメッセージが書き込まれていました。
本書は、ムンクの叫びを取り戻すまでのロンドン警視庁美術特捜班のおとり捜査官の行動を縦糸に、頻発する絵画盗難の実態や、ムンク、フェルメール、ダ・ヴィンチなどの絵画のウンチクも学ばせてくれる物語です。
本書の主人公チャーリー・ヒルは、『叫び』盗難発生の半年まえ、フェルメール作『手紙を書く女と召使い』の奪還に成功したばかりでした。
しかし、美術特捜班は警察内でつねに白眼視され、いつ解散を命じられてもおかしくない状況です。もしふたたび名画奪還に成功すれば、またしばらくの間は生きのびることができるでしょう。
ノルウェーの事件にロンドン警視庁が協力を申し入れたのは、こうした事情からでした。
ヒルは、犯人をおびき出すために、誰かがカネにあかして絵画を買いあさっているというストーリーを考えます。
かつて世界一の大金持ちといわれた石油王ゲティが南カリフォルニアに建てた世界一カネのかかった美術館。その「ゲティ美術館」の代理人という役回りで、ヒルはおとり捜査を開始しました。
おとり捜査官は、ある人物になりきるために、さまざまな演技をします。特にことばの使い方や、性格の一貫性(インテリなのに粗野なふるまいをする等)が要求され、警戒心の強い犯人に見破られた場合、絵が帰ってこないだけでなく、捜査官自身の命も危うくなってしまいます。
その点、ヒルは危険な状態に置かれているときほど、生きていることを実感するというタイプ。かつてベトナムの戦場に投入されたときも、不安を感じることはあっても、怖いと思ったことはありません。
あやしまれかねない失言をしたとしても、次々と繰り出す本当のようなウソで失点をカバーする、天性のウソつきです。
しかし、捜査現場を離れると、友情に厚く、敬虔なキリスト教徒であるがゆえにウソをつけない性格という、ひとすじ縄ではいかない人物です。
いよいよ、犯人がゲティ美術館の代理人に接触してきました。
地元ノルウェー警察の信じられないヘマに冷や汗をかきながら、大金を手に、ヒルは最後の取り引きに向かいます。
犯人から受け取った青いシーツに包まれていたものは……。
最後になりますが、本書は、ノンフィクションと謳われています。
しかし、本文中には登場人物のことばや思考内容が、小説のようにセリフで表現されています。
そういえば、ノンフィクション黎明期の作品『冷血』について、
あまりにギャングの生活の細部まで書き込んでいる。
これはノンフィクションとはいえないのではないか。
という批判があったことを思い出します。
著者のトルーマン・カポーティは、ギャングの生活の一部始終を取材し、自分の目で見た内容だけを書いた、と反論したそうです。
本書もフィクションのような印象を与える作品ですが、インタビューをもとに構成したものなので、著者はあくまでもノンフィクションと言い切っています。
もしフィクションだったとしても、優れた読物と感服しました。
もちろん、ノンフィクションとしてお楽しみください。