騙されてたまるか


副題:調査報道の裏側
著者:清水 潔  出版社:新潮社(新潮新書)  2015年7月刊  \842(税込)  254P


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調査報道の取材事例を通じて、「自分の目で見て、耳で聞き、頭で考える」ことの大切さ、真相に迫るプロセスを教えてくれる内容である。



悪いことをするやつは、かならず人をだまそうとする。
おめおめと騙されてたまるか。 かならず悪事をあばいてやる! という著者の叫びが全編にあふれている。


著者の清水潔氏は1958年東京都生まれのジャーナリスト。
写真週刊誌「FOCUS」のカメラマン、記者を経て、現在は日本テレビ報道局で記者・解説委員を務めている。


アナウンサーや政治部の記者のように画面に出てくる人ではないので、清水氏の名前をはじめて聞く人も多いかもしれないが、「桶川ストーカー殺人事件」や「足利事件」は覚えていることだろう。


清水氏は「桶川ストーカー殺人事件」で警察よりも先に犯人にたどり着き、さらに警察の怠慢捜査と隠蔽工作をあばいた。
また、「足利事件」では、無期懲役刑が確定した男性が無実である可能性を報じ、再審無罪の道を開いた。


清水氏は、社会を大きく動かしたこの2つの事件をはじめ、おかしいものはおかしい、と追求しつづける一匹狼の事件記者なのである。


清水氏が「おかしい!」と思う相手は、まず犯罪を犯しているのに裁きを受けていない犯人である。


本書の第1章で、清水氏は2006年の春、ブラジルまで犯人を追いかけた経過を報告している。


静岡県に働きに来ていた日系ブラジル人で、交通事故や強盗で殺人を犯しながら、逮捕されるまえに犯人が日本を脱出する事件がつづいた。
日本とブラジルの間に犯罪人引き渡し条約が結ばれていないため、犯人がはっきりしていても、手も足もでない。


被害者家族の悲しみを前にして、清水氏は3人の行方を追うことに決めた。


犯人がブラジルに帰国したのかどうかも分からなかったが、ポルトガル語の通訳を伴って、ともかくブラジル行きの飛行機に乗る。


サンパウロの空港に降りたち、地元の大きなテレビ局に向かった。


取材内容を説明すれば、協力してくれるにちがいない。
自分が逆の立場だったら、こんなチャンスはのがさない。外国からの取材班の動きを追って番組にする。ブラジルの放送局も同じはずだ。


清水氏の予想はあたり、すぐに取材チームがつくられた。


現地テレビ局の取材リーダーは、危険な取材にも動じない。マフィアのボスにインタビューしたときに、こめかみに銃をつきつけられた写真を記念写真として持ち歩いている。

取材チームが見つけた交通事故の一人めの犯人は、ブラジルに逃げ帰って3ヶ月後に結婚。
子どもが2人生まれ、幸せに暮らしていた。


事故のことを聞いているという妻に、被害者家族の孤独な生活のようすを伝えたが、「それは私たちと無関係だ」と相手にもされなかった。


住まいをつきとめたもうひとつの交通事故の犯人の家でも、対応に出た父親は被害者からの手紙を受け取ろうとせず、「地獄へ落ちろ!」と捨てゼリフを吐いてドアを閉めた。

3人目の強盗殺人犯の手がかりをつかみ、治安のよくない山間の街へ向かった清水氏は、レストランで働いている犯人を偶然みつける。


一発勝負で「日本から来た。浜松の事件のことを聞きたい」と言うと、「向こうで話そう」と路地裏に誘われた。


追いかけながら、一番聞かなければならないことをぶつける。
「あなた、本当に人を殺したんですか?」
「……」
「警察に出頭するつもりは?」


男は、何を問いかけても無視して離れていってしまった。


すべてのシーンを収めたビデオをあとで見直してみると、男の仲間のジーンズの尻ポケットに小型拳銃の形が浮き上がっていたという。


清水氏は、危険な取材にも突っ込んでいくクレイジーな奴なのだ。


日本にもどって、3人の指名手配犯への取材映像や、日本での遺族たちの署名活動、集会などの映像をもとに、ニュース特集やドキュメンタリー番組を放送した。


3人の居場所などを静岡県警に伝えたあと、半年以上たって犯人たちが逮捕された。
日本から「代理処罰」の要請を受けたブラジル検察が、静岡県警の捜査資料を証拠に起訴し、それぞれ禁錮刑の判決が下ったのだ。



清水氏は、第2章以降も、桶川ストーカー事件や足利事件などのように国家権力を相手にした事件をはじめ、現場取材、裏取り取材の実例を示しながら、調査報道のすさまじさを伝えている。


ここまでやるか、という緊迫する取材場面の連続で、読んでいてアドレナリンが出っぱなしになる。


あとは読んでのお楽しみとさせていただくが、もうひとつ、清水氏の怒りのほこ先が、マスコミの報道姿勢にも向けられる場面をお伝えしておきたい。



「他社より少しでも早く報道する」というスクープ合戦にあまり意味を認めていない清水氏であるが、それ以上にが許せないのが記者クラブの閉鎖性である。


大手報道機関だけで構成する記者クラブの多くが、記者会見場から非加盟社を締め出している。


週刊誌の記者時代に何度も記者クラブに取材妨害された清水氏だが、日本テレビの記者になってから、開いた口がふさがらない事例に巻き込まれた。


それは、足利事件の再審無罪が確定したあとのできごとである。


警察庁は当時の捜査の問題点などを検証し、報告書を作成した。著者が報じてきた「目撃者の存在」や「DNA型鑑定の過信」などをようやく警察が認めた内容で、とくに重要なネタではない。


たまたま、発表の前日に報告書の内容をキャッチした清水氏は、深夜のニュースで概要をさらっとオンエアした。


翌朝10時、警察庁記者クラブで資料が配られたが、夕方までは報じてはいけない「協定」の対象となった。


すると他社から「日本テレビは協定をやぶった」と文句が出て、日本テレビ記者クラブを2ヶ月間出入り禁止となってしまったという。


原稿を書いた清水氏は警察庁記者クラブ員ではないし、そもそも記者クラブの場所も知らない。
しかも、オンエアしたのは、資料配付の前日である。


それでも、記者クラブで配られた資料の内容を指定時間前に報じると「協定やぶり」だというのだ。

冗談ではない。独自取材を孤立無援で続けていた記者も、いちいち記者クラブにお伺いを立てなければ、報道できないというのか。「表現の自由」はどこにいってしまったのだ。


清水氏の怒りはおさまらない。



本書の「はじめに」に、清水氏は次のように書いている。

  自分の目で見る。
  自分の耳で聞く。
  自分の頭で考える――。
  言葉にすると、当たり前のことかもしれないが、他に方法はない。


清水氏のように報道する側はもちろん、視聴者の側も、何が本当で何が嘘なのかを自分で判断する姿勢が大事なのだ。