「昔はよかった」病


著者:パオロ・マッツァリーノ  出版社:新潮社(新潮新書)  2015年7月刊  \799(税込)  221P


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よく、「昔はよかった……」と嘆く年寄りがいるけれど、たいていは昔の記憶が美化されているだけ。


昔の社会も昔の人間も、ちっともよくなんかない。
むかしも今もたいして変わらないし、いまのほうがずっと良くなっているものも多い。


歴史をひもといて、それが真実であることを証明しましょう! というのがこの本のテーマである。


パオロ氏はまず第1章で、「夜回りの伝統を理解しない現代人が増えてなげかわしい」という意見を紹介したあとで、いやいや昔から夜回りに反対する人はたくさんいました、と新聞の投書欄を引用する。


夜中に拍子木を鳴らしながら回られると寝ることもできず迷惑だ、という投書が明治のころから新聞に載っていたという。


そもそも、「昔の日本人はまともだった」、「今の日本はダメになった」という人に限って、「自分を除く」と考えている。


「昔はよかった」は、自分を正当化するのにとても便利な言い方なのだ。



このあとも、昔の苦情と最近のクレーマーを比較して、戦後にクレームが増えたことを示す証拠がないことを示したり、自警団はちっとも治安に貢献していないことを示したり、むかしの商店街では無愛想で感じの悪いジコチューな店主も多かったことを示し、昭和を懐かしむ人びとの心情をうちくだく。


全部で13章あるなかから、あと2つ、パオロ氏のきつーい皮肉を紹介する。


ひとつ目は、治安悪化のウソ。


警察が振り込め詐欺の防止キャンペーンに力をいれている昨今であるが、実は振り込め詐欺の件数(認知件数)はここ10年で約4分の1に減っている。(2004年に25,667件、2012年に6,348件)


なのに新聞・テレビのニュースでは、振り込め詐欺の被害が過去最悪だったと報道している。


たしかに2012年の被害額が過去最高の363億円に達しているが、被害件数が激減しているのに「最悪」といって社会不安をあおるのは、よくない。
パオロ氏は、「詐欺まがいの行為なのでは?」とチャチャを入れている。


件数が減ったのに被害額が増えたのは、未公開株の購入や投資をもちかけてダマす金融商品詐欺が「激増」したからだ。
オレオレ詐欺の平均被害額は250万円程度なのだが、金融商品詐欺は900万以上に達するので、被害額の総額は大きくなった。


言い方は悪いが、欲の皮のつっぱった年寄りがダマされたケースが増えただけなので、警察が振り込め詐欺の防止キャンペーンに力をいれても効果は少ないはず。


詐欺件数を単純比較すると、大正末以降で最も詐欺の認知件数が多かったのは昭和8年で、ぜんぶで38万8666件。2012年の詐欺認知件数が3万4678件だから、昭和初期にはいまの約10倍の詐欺事件が発生していたことになる。
当時の人口が今の約半分だったのにこの件数だから、今の20倍も詐欺に会う確率が高かったのだ。


他の犯罪統計を見ても、空き巣(侵入盗)は1971年をピークにむかえたあと、多少の増減はあるものの2003年以降は前年割れがつづき、今はピークの半分以下に減っている。


実際の犯罪は減っているのに治安が悪化しているように感じるのはなぜか。それは、「ズバリ、マスコミの報道のせいなんです」とパオロ氏は言う。


見出しに「空き巣」が入っている朝日新聞記事数と実際の空き巣(侵入盗)件数をグラフで比べてみると、2003年以降の犯罪が減っているのに記事の数が横ばいであることがわかる。


また、テレビのニュースやワイドショーで凶悪事件を何度も報道することも、治安が悪化したような印象を与える。


本当は、「治安のいい日本で暮らせてよかった〜!」と喜ぶべきなのだ。



ふたつ目は、むかしと今の熱中症比較。


熱中症で倒れるのは、最近の子どもが体を鍛えていないからだ! という投書を引用したあと、パオロ氏は文句を言う年寄りに反撃する。

 消防庁の発表によると、平成の現在、熱中症で倒れて搬送される人は毎年五万人くらいいるそうで、その半分近くが六五歳以上の高齢者だっていうんですよ。
 まったくちかごろの年寄りときたら、気骨がないにもほどがありますよ。
(中略)
 むかしは熱中症で倒れる老人なんていなかったでしょ。鍛錬と気合いがあれば、熱中症なんて乗り切れるのです!
 いまどきの年寄りは甘えすぎだ!


ここまで言って、精神論で熱中症が防げるわけでないことが年寄りの方々にも分かってもらえたところを見はからって、パオロ氏はむかしの新聞記事から熱中症の記事をいくつも紹介する。


明治30年7月、徳島の尋常小学校で生徒4人が日射病で倒れたという読売新聞の記事、
明治31年7月、遠州森町で炎天下に2時間立たされていた小学生が日射病で倒れたという記事、
明治45年、宮城県の神社で明治天皇の御平癒を祈っていた中学生が50名日射病で倒れたという記事、……。


このあと、大正、昭和初期と日射病で児童・生徒が倒れた記事の内容が書かれているのだが、新聞に書かれている当時の気温をみると、昔のほうが暑さに弱かったのではないか? という疑問が生じる。


大正15年の夏は、なんでも40年来の酷暑だったのだそうだが、5月に群馬で小学生15名が倒れたときの気温が27度。


思わず、パオロ氏が突っこみを入れる。

虚弱すぎでしょ。いま、オフィスの省エネ冷房設定が二八度ですよね。むかしの小学生が現代のオフィスに来たら、熱中症でバタバタ倒れていくのでしょうか。


それにしても、どうしてこんなに「昔はよかった」という論調が多いのか。「昔はよかった、なんて言う人は、むかしは少なかったものだ」、とつぶやいたあなた!


それ、間違ってますよ。


孔子の教えは「むかしはよかった」を繰り返しているようなものだし、ローマ時代の遺跡からも「今時の若い者は……」というボヤキが見つかっている。


パオロ氏は、次のように喝破している。

「むかしはよかった病」は、現実に失望した中高年ホモサピエンスが必ずかかる病なのでしょう。

参考書評


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