画家の息吹を伝える原寸美術館 日本編


著者:千住博  出版社:小学館  2006年7月刊  \3,990(税込)  157P


原寸美術館 日本編 画家の息吹を伝える


昨年9月15日のメルマガで取りあげた『画家の手もとに迫る 原寸美術館』の続編です。


『画家の手もとに迫る 原寸美術館』は、画家の絵筆の動きを感じてほしい、美術史的な知識や文学的なイメージを捨てて細部をたっぷりと見つめてほしい、という意図で出版されました。
「好評をいただいた」と気をよくした出版社が、こんどは日本の画家の作品にズームインします。


本のサイズも、「原寸」をテーマにした本書の構成も、前作と同じ。
そのうえで、本書には、前作とちがう3つの特長があります。

特長その1。


前作の著者である結城昌子氏は企画・構成という立場にまわり、作品の解説を書く「著者」は京都造形芸術大学副学長の千住博氏が担当しました。


千住氏は、1982年東京芸術大学美術学部絵画科日本画を卒業し、自身でも作品を制作している現役の日本画家です。
絵画界の賞にどれくらい権威があるのかよく知りませんが、経歴を見ると、創立100周年のヴェネツィアビエンナーレの優秀賞というのを東洋人初で受賞したり、河北倫明賞、MOA岡田茂吉賞絵画部門大賞などを受賞しておられます。
作品の中に「羽田空港第2ターミナルビルの天井画大壁画」(2004年作)というのもありますので、こんど羽田に行く機会があったら、探してみてください。

特長その2。


作品の細部に迫り、画家の筆づかい・息づかいを感じた千住氏は、「解説」を放棄。
なんと、画家に成り代わって「自作」について独演するという形式をとりました。
画家の生きた時代背景や境遇について語り、作品制作の工夫どころを自慢げに披露してくれるのです。


文化人らしくないくだけた表現も飛び出し、画家の時代へタイムスリップしたような錯覚をおぼえます。
「画家の息吹を伝える」とは、こういうことなのですね。

特長その3。


前作『画家の手もとに迫る……』の著者は、絵画に詳しいとはいえ、あくまで作品の案内人でした。


ところが、本書では、28作品の最後に、千住氏の『ウォーターフォール』という作品が掲載されており、「著者」が「作者」の側にまわってしまいました。


おいおい。
これで、自作をべた褒めした解説を読まされては、ちょっと興ざめしてしまいますね。


さあ、そこで、企画・構成の結城昌子氏の登場です。
結城氏は、千住氏に成りきって作品のみどころを解説してくれました。しかも、最後は結城氏への手紙文体で結ぶ、という念の入れよう。


以上、私の気づいた3つの特長を紹介させていただきました。


本書に掲載された作品は、平安時代の『普賢菩薩像』、『源氏物語絵巻』にはじまり、雪舟光琳円山応挙北斎などをへて、横山大観東山魁夷の現代作家まで網羅しています。
テレビ東京の『お宝鑑定団』に出てきそうな作者名のオンパレードですので、日本美術のおおまかな流れを理解できる、てごろなガイドブックとしても活用できるでしょう。


作品をしげしげと眺めていて、私の感じたことが2つあります。


一つは、数百年を経て色あせてしまった作品について。


本書の最初のほうに取りあげられている作品は、黒ずんだ色をして、作品の一部がはく落しているものが多く見うけられます。
現在の私達が目にする作品は、制作当時とちがった色あいに変色してしまいました。
作品自体が現存するという歴史的な価値は残っていますが、作者が意図した美術的な価値の多くが失われてしまったのです。


源氏物語絵巻』などは、当時のあざやかな色づかいを復元しようという試みがあり、昭和30年代の「昭和復元模写」に続き、つい昨年まで「平成復元模写」が行われていたそうです。


復元前後の作品を解説した本も鑑賞してみたいですね。



もう一つは、明治期の画家が試みた、日本的題材を西洋画法で描いた作品について。


本書に、原田直次郎が明治23年に書いた『騎龍観音』という作品が取りあげられています。
国粋主義の高まりから、当時の洋画の立場は低く見られていたそうです。
そんな中、新しい時代にふさわしい歴史画・宗教画を生み出そうという試みでこの作品は描かれました。
画題の示すとおり、龍の上に観音様が立っているという構図です。


龍も観音も日本的な題材ですが、西洋画法で描かれると、生々しい龍の上になまめかしい観音が立っている姿が、現代の私達の目からは、けっこうグロテスクに見えます。
生身の女性そのものの赤い唇。
耳たぶを刺し通す大きな鉄輪も、現代の女性が身につけているイヤリングそのもので、過剰なフェロモンを発しているように見えてきます。
この作品が発表された直後も、やはり気持ち悪いという反応だったようで、画壇では観音を油彩で描くことの是非が論じられた、とのことです。


原田直次郎に成り代わった千住氏は、西洋画法を試行錯誤しながらも
  「神々よ、日本文化の未来を守りたまえ」
と叫んでいました。


慣れ親しんだイメージと違うものは、個人的にも社会的にも受け入れられないものなのですね。


内容が内容だけに、あとは実際に自分の目で見ていただくしかありません。
結城氏と千住氏の絶妙な共同制作をお楽しみください。