ぐうたら学入門


2005年10月刊  著者:名本 光男  出版社:中公新書ラクレ  \777(税込)  198P


ぐうたら学入門 (中公新書ラクレ)


スローライフという言葉が流行しています。
競争に明け暮れる社会に追いつこうとするのではなく、もっとゆっくりと豊かな生活を送れないものだろうか。という現代人の願望を背景にしたブームのようです。


著者は本書の冒頭で二宮金次郎の逸話を紹介し、「勤勉とは美徳なのだろうか」という問いを投げかけています。
二宮金次郎といえば薪を背負いながら本を読んでいる銅像が有名ですが、彼は若いころ実際に遠い山に分け入っては、薪、そだを伐り、町で売り歩きました。彼は勤勉でした。しかし、この逸話も村で生活する者の視点に立ってみると、まったく違って見えてきます。
今も昔も、わが国に誰の所有でもない「山」などは存在しません。彼が入り込んだのは村の所有する山林(入会山)であって、そこに生えている木々は、村人が大事に手入れしてきたものでした。それを誰の許可もなく伐採することは、決して許されない行為です。
二宮金次郎が“勤勉”にふるまうことによって、彼は村にとっての迷惑者になっていきました。


明治政府によって二宮金次郎は国民のお手本になりましたが、昔の日本には、ぐうたら人間が最後には良い思いをする「三年寝たろう」や、行き当たりばったりの行動でお金持ちなってしまった「藁しべ長者」を褒め称える文化がありました。
その昔話に学びながら、「私たちにとって、幸福とはいったい何なのだろうか」という問いに対する一つの答えを探っているのが本書です。


特に私が感心したのは、アフリカ・カラハリ砂漠の原住民サン(ブッシュマン)の生活様式です。毒矢や槍を使っての狩猟や植物採集を生業としている彼らの社会は、徹底した平等主義の社会です。
誰かが獲物をしとめると、周りの人はこぞって文句をいいます。「お前のおかげで、こんなに遠くまで獲物を運びに来なければならない」とか、「肉も少ないし、たいした獲物ではない」などと批判することによって誰かがヒーローにならないようにし、本人も「申し訳ありません……」と卑下しています。
これは、日本の贈答の風習(つまらないものですが、と言って差し出す)に通じるところがあるそうです。
「俺が俺が」と自己主張する欧米方式の対極にある文化ですね。


著者は、定職に就くこともなく各地を訪ね歩いて話を聞くという、一種の「ぐうたら生活」を実践し、本書の内容をまとめたました。「『勤勉は美徳』とは、わが国の伝統的な価値観ではなかったのではないか」という疑問を抱いたのがきっかけだとか。たとえ「ぐうたら」でも、じっくりとテーマを追求する著者の姿勢は、本書の問いかけに通じます。


古くから言い伝えられてきた昔話の智恵に学ぶことによって、「スロー・ライフ」の世界があることを教えてくれる一書です。
ご一読あれ。