ゼロ成長の富国論


2005年4月刊  著者:猪瀬 直樹  出版社:文芸春秋   \1,470(税込)  197P


ゼロ成長の富国論


猪瀬直樹といえば、すぐ思い浮かぶのは、道路公団民営化推進委員会。委員会で国土交通省のお役人を相手に、天下りの実態やお役所の効率の悪さを暴き、すっかり有名になりました。この人、もともとは、西武鉄道の堤一族を描いた『ミカドの肖像』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したことのあるノンフィクションライターです。


作家をしながら道路公団民営化推進委員として闘った経験から、この国の将来を考えるようになった、というのは自然の流れのようです。本書は、少子化が進んで100年後には人口が現在の半分(6千万人)に減ってしまう日本をどうしたら良いか考える提言書です。
人口が減ってしまう。しかも財政赤字は巨額でフリーターやニートに象徴されるように労働意欲が減退している。こんなことは近代日本人にとって初めての経験です。
しかし、歴史を振り返ってみると、実は出生率は昭和に入ってから下がり続けていました。太平洋戦争の頃に「産めよ増やせよ」と国家的スローガンが掲げられましたが、それでも出生率の低下傾向に歯止めはかけられませんでした。だから、少子高齢化社会というのは予想しようと思えば予想できたことであり、スローガンや掛け声だけでは何の対策にもならない、と著者はデータで示します。


著者は、人口減少社会に挑戦した男に学ぼう、と言います。その男の名前は二宮金次郎。昔は小学校の校庭に柴を背にして読書しながら歩く二宮金次郎銅像がありました。戦前の修身の教科書で孝行、勤勉、学問を実践した例として紹介してありますが、「のちにえらい人になりました」で終わっていますので、大人になって何をした人かよく知られていません。
この二宮金次郎こそ、栃木県にあった小田原藩の飛び地である桜町領の荒廃を建て直した財政再建の立役者でした。後に弟子や子孫が全国に「報徳仕法」という二宮金次郎方式の改革を伝播させました。
当時の北関東地方は、大都市である江戸への人口流出を止められず、田畑は荒廃し人情も気荒だったと伝えられています。
著者が分析する金次郎の改革の要点は3つ。支出を抑える「分度」、借金を低利に借り替えさせる、藩から権限の委譲を受けるです。


著者は、金次郎の改革をモデルとして、現代の財政悪化対策に当てはめた案を示すと同時に、農業を“民営化”して土建業の余剰人員を農業に吸収するという方向性も提案しています。
著者には、すぐに国の政策にさせるような政治力はありませんが、「先人に学べ」という視点には説得力があります。
ご一読あれ。