東海村臨界事故への道


副題:払われなかった安全コスト
2005年8月刊  著者:七沢 潔  出版社:岩波書店  \2,730(税込)  268P


東海村臨界事故への道 払われなかった安全コスト


1999年に東海村で核燃料製造工場内で誤ってウランが臨海(核分裂が連続的に起こる)を起してしまいました。原子力発電所では常時起こっている現象ですが、遮蔽も防護もない場所で制御なしに起こったとき、臨海事故と呼ばれます。
本書は、この事故の原因を追究するNHKドキュメンタリーを制作した著者が、その複雑で構造的な背景をまとめたものです。


当時、集中豪雨のように報道されたニュースの内容を詳しく覚えている人は少ないと思います。しかし、「バケツを使って作業していた」ということは多くの人の印象に残っていることでしょう。
これは、事故を起したJCOの作業員が本来の製造工程の代わりに行なっていたことで、もちろん科学技術庁から許可された作業内容にないことでした。
本書を読んで知ったのは、臨界事故はバケツを使った作業で発生したわけではない、ということです。しかし、たとえ事故の直接の原因で無かったとしても、「バケツ」を使った作業は、JCOの安全管理が崩壊してゆく象徴的なものでした。
これは、扱いを間違えれば大変な事故が起こる原料を扱っているにもかかわらず、無許可の作業を実験室の延長のように行なっていたことを示します。事故を起した作業員も「こんな適当なやり方で粉末を製造すればいいのか」と感じたことを裁判で供述しています。


本書では、JCOで行なわれていた核燃料の製造作業を解析し、元々製造設備構築時に安全設計を欠いていたこと、それをカバーするため科学技術庁から許可されたのがあまりにも効率の悪い非現実的な作業方法であったことを明かしています。
加えて発注元であるサイクル機構(旧動燃)が納期を急ぐよう働きかけたことにより、製造方法の逸脱が始まり、慣れっこになっていきました。
それでもベテラン作業員がいるうちは、本当にやってはいけないこと(臨海の危険があること)の区別がついていましたが、JCOの経費節減のあおりを受けて現場からベテランがいなくなりました。
そして、運命の9月30日がやってきました。


「本書執筆の動機はただ一つ、過去に学んでいただきたいのである」
と著者は言っていますが、6年後の今日も東海村の教訓は生かされていません。
安全にかかるコストは厳正に見積もり、たとえ経営を効率化する中でも削ってはならない、という教訓が守られていれば、雪印乳業のミルク中毒事件も、三菱ふそうによる事故車の構造的欠陥の隠微事件も、最近では今年4月のJR福知山線列車事故も回避できたはずです。


決して風化させてはいけない過去を学ぶ一書でした。