闇夜の国から二人で舟を出す


2005年10月刊  著者:小池 真理子  出版社:新潮社  \1,575(税込)  275P


闇夜の国から二人で舟を出す


本書は、著者が1996年に直木賞を受賞してからの9年間に書きためたものをまとめたエッセイ集です。
著者の本は『夜は満ちる』という短編集しか読んだことのない私ですが、懐かしい井上陽水の歌詞を引用したタイトルに惹かれて手に取りました。
よく知らない作家のエッセイ集というのは、当たりはずれがあるものですが、本書は“当たり”です。ただし、ズシンと胸にこたえますが……。


著者には、読んでいて心地のよい小説を書こうという気はありません。
充分に大人であり、充分に理性も備えているはずの人間が、どうしようもなく逸脱していく。いま自分を取り囲んでいる健全で平和な日常生活から、限りなくこぼれていこうとする。そんな人間の心もようが著者を魅了する、とのこと。
著者は言います。「私は逸脱にこそ、惹かれる」と。
その実例として、著者はフランスの作家、マルグリット・デュラスを挙げています。彼女は66歳の時に39歳年下の、ヤン・アンドレアという詩人と出会い、たちまち恋におちました。二人は暮らし始め、彼女が81歳で他界する時まで、その恋は続きました。


著者は1983年暮れに作家の藤田宜永氏と“電撃的に”恋におち、3ヵ月後に一緒に暮らし始めました。子供を作らずに入籍しない結婚、という考え方に意気投合した二人は、いまだに「事実婚」のままでいます。
文学を生活の真ん中に置いた夫婦生活は、著者が直木賞の候補にあげられ、試練を迎えました。夫婦で同時受賞するのではないかという下馬評が流布していましたが、フタをあけてみれば、受賞したのは著者だけ。夫の藤田宜永氏は落選してしまいます。
5年後に夫も直木賞を受賞しますが、売れっ子になった妻の姿を目の当たりにしなければいけない生活は、どれだけ辛かったろう、と著者は述懐しています。


かつて、著者は「自分にはいいことなんか、何ひとつ起りっこない。その代わり、悪いことは全部、自分に起る」と信じている悲観的な人間でした。
そんな著者が高校に進学したあたりから、自分の中に潜在的にあった別の自分に気づきはじめます。全国的に学園紛争の嵐が吹き荒れるなか、「内側を本気で覗きこんだ」という経験を経て、強靭な自分自身を自覚しました。


若き日を思い出しながら、著者は『闇夜の国から』の歌詞に現在の思いを託します。
   海図のない旅は永遠に、死の直前まで続くのだ。船出の理由など、ど
   うでもいい。生きている限り、とにかく二人で舟を出すのである。舟
   を出さなければ、闇から抜け出すことはできないし、希望も生まれな
   いのである。


自分から目をそらさず、自分自身を見つめる強い著者です。読みはじめる前に、こちらもちょっと覚悟する必要があるかもしれません。