おばちゃん街道


副題:小説は夫、お酒はカレシ
著者:山口 恵以子  出版社:清流出版  2015年9月刊  \1,620(税込)  236P


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40代末に作家デビュー、50代半ばで松本清張賞を受賞した著者が、作家になるまでの道のりを中心に、受賞後のテレビ出演の様子、現在の日常生活、夢を目指す人へ伝えたいこと、等々をつづった書き下ろしエッセイである。


20代で芥川賞直木賞を受賞する作家にくらべて、山口氏は遅咲きである。
それに芥川賞直木賞にくらべて「松本清張賞」の知名度がひくいせいか、芥川賞作家の又吉や羽田圭介がテレビに出まくっているのに比べ、山口氏をテレビで見た人は少ないと思う。


しかし、山口氏は全小説家の中で1割しかいないといわれる専業小説家である。


おばちゃんになってやっと花の咲いた山口氏のエッセイには、ヘンなプライドも上から目線もない。クスクス笑いながら読み進み、さいごに「人生、どうにかなるさ」と元気が出る内容である。


1958年生まれの著者と同年代のおじさん、おばさんにぜひ読んでもらいたいし、夢を目指す若い人にもオススメである。


さて、いまは小説を本業にしている山口氏だが、若いころから小説家をめざしていたわけではない。


山口氏は幼稚園時代に『少女フレンド』、『マーガレット』が創刊されたというマンガ世代で、画用紙にマンガらしきものを描くようになってから漫画家を夢みるようになった。


「人生にもっとも大きな影響を与えた三冊」が、
  『ベルサイユのばら
  『ポーの一族
  『エロイカより愛をこめて
というから、マンガへの愛情には筋がねが入っている。


大学時代に新人賞を取って漫画家としてデビューするというコースを思い描いていたのだが、実際は、賞に応募してもかすりもしない。


思いあまって編集者に原稿を見てもらったところ、

「話はおもしろいから原作者としてはやっていけるかもしれないけど、マンガ家としては無理。肝心の絵がこんなに下手じゃ、話にならない」

という厳しい指摘をうけた。


それでも諦めきれず、派遣社員をしながら描きつづけてはいたのだが、デビューする機会が得られないまま、年月が過ぎていった。


33歳になったとき、新しいことを2つはじめた。


一つは、「お見合いしたら1万円、デートにこぎ着けたらもう1万円やる」という父の条件に飛びついて、お見合いをはじめたこと。


もう一つは、松竹シナリオ研修所に応募し、研修生になったこと。


漫画家の夢を諦め、お見合い結婚するのと、脚本家になるのと、方向はちがうが2つの新しい人生にチャレンジすることにしたのである。


43回もお見合いしながら一度も結婚しなかった、というお見合いエピソードの数々は爆笑もので読みどころなのだが、ここでは割愛。


もうひとつの「脚本家になる」という目標は、シナリオ研修所で出会った恩師が制作プロダクションを紹介してくれたことで、実現に向かって歩きだすことができた。


しかし、しか〜し、脚本家の道もラクではない。


脚本の元になるストーリーを書く「プロットライター」として原稿料をもらえるようになったものの、原稿用紙300枚以上書いて手取り4万5千円。


1枚150円という低賃金を山口氏は、

「まさにデスクワークの蟹工船。ライターという生態系の食物連鎖、その最底辺にいるのがプロットライターでしょう」

と書いている。


大きな脚本の賞を受賞してデビューできた人は例外として、多くのライターは「今度、シナリオ書いてみる?」という声がかかるまで、蟹工船ではたらきつづけなければならないのだ。


派遣社員をしながらなんとか生活していた山口氏だったが、父の死をきっかけに生活に不安をおぼえるようになる。


安定した仕事を求めた山口氏は、「平日午前6時から11時まで」という社員食堂に応募し、2002年から「食堂のおばちゃん」になった。


仕事が安定して心も安定してきたのか、脚本家でデビューするのは無理かもしれない、ということに気づいてきた。


プロデューサーが新人をデビューさせるなら、若くて伸びシロのある人を選ぶだろう。
30代にたくさん書き手がいるのに、40代半ばの自分が起用される見込みはない……。


厳しい現実を受け入れることにしたのだ。


しかし、脚本がダメでも「書くこと」は諦めない。
こんどは小説にシフトしてみよう!


このあとの経緯は省略するが、山口氏は職業作家になることができた。


2013年に第20回松本清張賞を受賞したおかげで、
  「食堂のおばちゃんが文学賞を受賞!」
と新聞・雑誌で話題になり、「モーニングバード」などのニュースバラエティや、「ゴロウ・デラックス」「ソロモン流」「行列のできる法律事務所」にも出演したという。


その後の原稿依頼も順調で、いまは専業作家として、原稿書きと母親の介護とネコの世話に追われながら酒でへべれけになる日々を送っている。



漫画家の夢と、脚本家の夢を諦めて、ようやく小説家という「書く仕事」でプロになった山口氏だが、まだまだひと息つくヒマはない。

何しろ私は旦那はいない、子供はいない、カレシはいない、おまけに母はボケちゃうし猫はDVだし、もう踏んだり蹴ったりなんですから

と、今も崖っぷち人生の真っ最中なのだ。


しかし、脳天気といっても良いほど楽観的な山口氏は、人生を達観している。


元気が出る山口氏のありがたいお言葉を、最後にいくつか紹介させてもらう。

  • 人間の悩みには二種類しかありません。どうでも良いことと、どうにもならないことです。
  • 「やれば出来る」なんて大嘘です。やって出来ることなんて百のうち二つか三つくらいで、大方のことは出来ないんです。それでもやらないといけないことが世の中にはあるのです。それを教えるのが教育というものです。
  • 「やれば出来るなんて嘘」と言っておいて矛盾するようですが、私は全力を尽くして努力することをお勧めします。
  • いくら努力しても、叶わない夢はあります。及ばない結果はあります。でも、全力を尽くした人は諦めることが出来るのです。諦めは決してマイナスの感情ではありません。無用な執着、無用なプレッシャーからの解放です。諦めは旅に疲れた人の心を癒すオアシスのような感情なのです。諦めは人を救います。
  • 夢は……もう叶いました。物語を書いて生きて行くことが私の夢でした。だから、今は夢の中にいます。