わが闘争


副題:不良青年は世界を目指す
2000年6月刊  著者:角川 春樹  出版社:イースト・プレス  \1,575(税込)  231P


わが闘争―不良青年は世界を目指す


かつてカドカワ映画ブームを起こした角川春樹は、その後麻薬事件を起こし、角川書店の社長を追放され2年5ヵ月の刑務所暮らしを体験しました。
普の人物なら、出獄しても意気消沈してしまい、尾羽打ち枯らした姿を人前にさらすことはないでしょう。しかし、ハルキは違います。本書を書き上げ、「オレは負けちゃいない。まだまだやるぞ!」と宣言しています。


「わが闘争」というタイトルは、ヒットラーが獄中で書いた著書のタイトルと同じです。ミュンヘンで暴動を起こして失敗したヒットラーは、世界制覇の戦略と思想を自ら語る「我が闘争」を書き、出獄後、第二次大戦の敗戦まで爆走しました。
角川春樹の「わが闘争」の表紙には、鎧に身を固めた著者が高層ビルを望む歩道橋にドッカリ座っている写真が載っていて、「オレはまだ闘う」と叫んでいるようです。


内容も表紙に劣らず闘争的です。
かつて「出版革命」と称された経営術を自画自賛し、「おれは、自分以上の本当のカリスマに会ったことがない」と断言しています。
「オレの俳句は松尾芭蕉を超えた」「UFOを何回も見た」「ハワイで宇宙人と交信した」「おれは歩く神社である」というお言葉に至っては、読者として「はいはい、分りました」とうけたまわるしかありません。


9月20日のブログ齋藤孝著『過剰な人』を紹介しましたが、本書を読んで、日本にもこんな「過剰な」エネルギーを持ち合わせている人がいる、という実例を見た気がしました。
斎藤氏も「過剰な人はおもしろい」と言っていますが、確かに、著者の刺激的な生い立ち、行動をたどる本書を読んでいると、唯我独尊的な著者の姿勢に反発しながらも、途中でやめることのできない魅力があります。
父母の離婚、父との確執、母の死、弟との訣別などの角川家の葛藤。横溝正史ブールを起こし、活字と映像と音楽を組み合わせたカドカワ映画手法を成功させ、更に文庫本を読み捨てメディアに変えた著者の才能と成功。
あまりに自信たっぷりな著者の口ぶりは、どこかで聞いたことがあります。
そうです。ダウンタウン松本人志が書いた『遺書』も同じでした。


松本人志は、「オレはお笑いの天才だ」「まだまだオレはお笑いの記録を塗り替えるような凄いことをやる」と『遺書』の中で宣言していました。
でも、一世を風靡したダウンタウンは、ゴールデンタイムの番組もだんだん少なくなり、『爆笑オンエアバトル』『エンタの神様』『M-1グランプリ』などの新世代お笑いブームから見ると輝きの少ない旧世代として凋落しようとしています。
私は、まだ新人だった頃のダウンタウンのナマの漫才を梅田花月で見たことがあり、それ以来ダウンタウンのファンになりました。そんな一ファンとしては寂しい気もしますが、人気稼業は厳しいものですね。


角川春樹も『わが闘争』で吠えまくっていますので、これからまた時代の寵児として盛り返すことができるかどうか、結果を拝見しましょう。
ただ、本人は自慢のつもりでも、あまり自慢になっていない個所が気になりました。
著者は現在の会社(角川春樹事務所)の経営を、「経常利益は高く、昨年度4億4千万円だから、社員一人当たりが1千万円の利益を上げていることになる。利益が売上の10パーセントを超えているということは、いかに大変なことかわかろう」と書いています。
しかし、つい最近読んだ松井道夫著『好き嫌いで人事』には、160人の会社で営業収益360億円、経常利益率62%(社員一人当たり1億4千万円)という驚異的な業績が載っています。
上には上がいることを知ると、自慢話も滑稽に聞こえるのが玉にキズ。


著者を好きじゃないのに、つい最後まで読まされてしまう、という珍しい本でした。