カポネ


著者:佐藤 賢一  出版社:角川書店  2005年11月刊  \1,995(税込)  545P


カポネ


佐藤賢一氏は15世紀末のフランスを舞台にした法廷サスペンス『王妃の離婚』で99年に直木賞を受賞し、他にも、『カルチェ・ラタン』など中世フランスを舞台にした小説を数多く発表しています。
大学院でフランス文学を専攻していたという著者ですが、本書では得意分野を離れ、20世紀初頭、禁酒法時代のアメリカを描いた小説を試みています。


アル・カポネといえば、裏社会を支配した闇の帝王として知られる人物です。本書では、そのカポネの生い立ちから筆を起こし、どうやってのし上がっていったか、どれだけの裏権力を握っていたか、そしてどうやって破滅していったかを描いています。
参考図書は少ししか挙げられていませんが、著者のことですから、きっとしっかりと史実をなぞっているのでしょう。にもかかわらず、本書に描かれたカポネは、決して極悪非道の悪人ではなく、情に深く、社会の底辺で苦しむ人々に手を差し伸べる慈善家の顔を持った人物として描かれています。ただ、そのビジネスのやり方が少々荒っぽかったのですが……。


カポネは結婚を機に、一度はギャングの世界から足を洗っていました。しかし、父の急死によって彼の実家は経済的窮地に立たされます。カポネが実家の困窮を救うためには、稼ぎの良い裏社会に舞い戻るしかありませんでした。
自分と同じイタリア系の先輩ギャングからカポネは諭されます。
   どんな男も家族を守らなきゃならねえ。それが骨のある男なら、仲間
   のことを気にかける。もっと才覚のある男なら世の中のことを考える。
   大物になるほど、余計なことまで背負い込むことになってるんだ。自
   分ひとり幸せにはなれねえことになってるんだ。
   「イタリアの血をいうなら、それがイタリアの流儀ってもんなのさ」


アメリカは当時も今も「早いもの勝ち」の社会で、先に来ていたWASPが得をするようにできています。同じカトリック教徒でもアイルランド系移民よりも50年遅れたイタリア系移民にとって、アメリカは努力に報いてくれる国ではありませんでした。
そんな中で、カポネはシカゴで闇酒業ビジネスを取り仕切り莫大な利益を上げました。国家予算よりも収入の多い男とまで言われるようになった彼は、多くの人に頼られます。闇の帝王と呼ばれたカポネは、困窮する人々から見ると、窮状を訴えれば必ずなんとかしてくれる存在でもありました。


そんなカポネを社会的に葬ろうとした国家権力は、殺人罪禁酒法違反の罪を問うのではなく、脱税容疑という姑息な理由で彼を逮捕し、陪審員にしかけをするなどの策を弄して、やっと有罪に持ち込みました。
シャバでの不摂生のおかげでカポネは病気持ちでしたが、刑務所では治療らしい治療も受けられず、全米一過酷なアルカトラズ刑務所での懲役生活を強要されます。
出所してきたカポネは「紛れもない廃人」になっており、ほどなく亡くなりました。


しかし、カポネのおかげで人間らしい暮らしができるようになった人々は、彼の恩を忘れません。
家族を守り、仲間を守り、世の中の虐げられた人々を守ったカポネ。


本書は、悪の帝王ではない「人間カポネ」の真実を明かす小説でした。