れんげ荘


著者:群 ようこ  出版社:角川春樹事務所  2009年4月刊  \1,470(税込)  246P


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あまり文芸書(特に女性作家の文芸書)を読まない私ですが、なぜか群ようこさんの本は3冊目になります。

1冊目は、父親から離れて暮らすことを決めた主人公が、なぜかフィンランドで食堂を開いた様子を描いた『かもめ食堂』


2冊目は、完璧を目指すのをやめ、やりたくないことはやりたくないと言い、疲れたときは「疲れた」と言う生活を目指す著者の日常を綴ったエッセイ『ぬるい生活』でした。


同じ作家が書いたものなので当たり前かもしれませんが、3冊目の本書は、以前読んだ2冊がクロスしたような小説です。


主人公のキョウコは、広告代理店に勤める40歳を過ぎた女性です。
一人ぐらしをしたことがなく、長年実家から会社に通っています。


営業職なのでクライアントとの酒席は欠かせません。
新入社員のころから、接待相手が喜びそうな店を探しては、交際費に糸目をつけず深夜まで付きあう日々がつづきました。


仕事ができると認められ、給料も上がっていきますが忙しくて使う暇がないほどです。
服を買うときも試着している時間がないので、行きつけの店でめぼしいものを用意してもらって、空き時間に決めて自宅へ配送してもらうような生活でした。


母に尻をたたかれ、同じく仕事に没頭していた父が55歳で死んだのを機に、キョウコは仕事いっぺんとうの生活に疑問を持ちます。営業職から事務職へ異動させてもらったのは、キョウコが30歳のときでした。


仕事が楽になって定時退社できるようになると、母の愚痴を延々と聞かされる日々がはじまりました。


世間体を気にし、人をさげすみ、比較的めぐまれているはずの境遇を嘆く母親の愚痴を聞いていると、神経がおかしくなるように感じます。
会社でも、仕事が暇な女性同僚たちのおしゃべりに悩まされます。妬み、嫉み、恨みのオンパレードを聞かされ、キョウコには心の安まる場所がありません。


そんなある日、パーティで明け暮れる華やかな仕事に嫌気がさしたアメリカ人女性の行動をテレビ番組で知りました。


彼女は、月10万円で三十数年間暮らせるだけの貯金を貯めたあと、すっぱりと会社をやめたのです。


同じ行動を取ることを決め、貯金にはげんだキョウコは、45歳でいよいよ家を出ることにします。


家賃3万円の条件で探しあてたのは、築40年を軽く超える木造アパートの一室。トイレとシャワー室は共同という「れんげ荘」の2号室をキョウコは契約しました。6畳に半畳の台所がついた部屋が、思ったよりきれいに見えたからです。


会社を辞め、オンボロアパートに移り住んだキョウコは、時間が止まったような日々のなかで、新しい環境でいろいろなことを考えます。


人生をリセットしたキョウコがどんな心境に到るのか――。
あとは、本書を読んでのお楽しみとさせていただきます。


一見“ぬるい”生活も、なかなか大変ですし、いろいろなことをキョウコは考えます。


ひとつだけ、アパートを見に来た母親との会話を引用させてもらいます。


あんまりのオンボロぶりに驚いた母親のセリフ。

  「だいたいね、人は住む場所に影響されるのよ。
   こんなところに住んでる人間なんて、ろくなもんじゃないわ」

むかっとしたキョウコのセリフ。

  「どうしてそんなこというの。何の根拠があるの。
   私はお母さんのそんなところが、大嫌いなのよ。
   お母さんはあの家に住んで、どんなに立派な人間になってるのか、
   こっちこそ説明してもらいたいわ」