マイティ・ハート


副題:新聞記者ダニエル・パールの勇気ある生と死
2005年4月刊  著者:マリアンヌ・パール   訳:高浜 賛
出版社:潮出版社   \1,680(税込)  428P


マイティ・ハート―新聞記者ダニエル・パールの勇気ある生と死


2002年1月、9・11後の混乱が続くパキスタンで取材中だったダニエル・パール氏(当時38歳)が何者かに誘拐され、1ヶ月後に無残にも斬首される様子を撮影したビデオが送られてきました。
著者マリアンヌ・パールはダニエル・パール氏の妻で、夫と同じく世界各国を飛び回って取材する行動派のジャーナリストでした。
夫の安否確認を常に行なっていた彼女は、行方不明になった日の夜に異常事態の発生を直感しますが、最初のうちは誰も相手にしてくれません。著者は、自ら夫の失踪の手がかりを探り、パキスタン当局の捜査やアメリカ大使館の交渉に協力し、最後まで戦い抜きました。彼女の周りには様々な国籍と宗教を持った人々が集結します。
本書は、この誘拐事件の捜査に携わった強い心を持つ人たち(マイティ・ハート)の行動記録であり、パール夫妻のジャーナリストとしての信念を伝えるメモワールです。


マリアンヌは父方の祖父がオランダに住むユダヤ人、母方の祖父は中国人で、他にスペインとアフリカの血が混じっているのは確かという混血です。同じ混血のダニエルと「血の混じった夫婦」になった二人は国境自体を意味のないものと感じており、世界に架け橋をかけることをめざしていました。
ダニエルとマリアンヌは、取材中に様々な憎しみに出会いましたが、二人は、そんな憎しみに負けることを拒否します。特定の教義から自由でありたいとするダニエルでしたが、テロリスト達はダニエルがユダヤ人だということを理由に「イスラエルのスパイ」と断定し、最終的に殺害しました。
世界中が事件の成り行きを注目するなか、マスコミはこの事件を「人質となったハンサムな夫と絶望した妊娠中の妻」といった単純な話として報道しようとします。妊娠中だった彼女の「悲嘆にくれる様子」を取材したがるマスコミに対し、彼女は毅然とした態度で接します。
好奇心丸出しで「あなたは(惨殺の)ビデオをご覧になりましたか?」というCNNの有名キャスターに「あなたは本当に無礼な方ですね」と言い返し、マリアンヌはテロリストたちに向かって宣言します。
  「負けたのは、あなたたちです! あなたたちは彼の命を奪ったけれど、
   彼の魂を奪うことは一瞬たりともできなかったのです。なぜなら彼の
   魂は私のなかで生きているのですから」


著者は夫ダニエルのジャーナリストとしての信念と行動を明らかにするために本書を書きました。
事件の謎を追うストーリーの展開は(不謹慎かもしれませんが)良質のサスペンス小説のような緊迫感があります。読む前から悲劇的な結末を知っていても目を離すことができません。15カ国語に翻訳され、映画化も決定しました。訳者によれば、ブラッド・ピットジェニファー・アニストンの競演の可能性が高い、とのこと。


事件による大変なストレスを乗り越えて生まれた息子のアダムちゃんも2歳になり、今年4月27日の朝日新聞朝刊コラム「ひと」には、息子とマリアンヌの写真も載っています。端正な目鼻立ちは父譲りで「立派なジャーナリストになるのは間違いないわ」とのことでした。