ヘンタイ美術館


著者:山田五郎 こやま淳子  出版社:ダイヤモンド社  2015年11月刊  \1,620(税込)  301P


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西洋絵画というと「ちょっと敷居がたかい」と敬遠する人がいますが、本当はおもしろいんですよー。
ちょっと変わった角度から解説してみましょうねー、という西洋美術解説本である。


ちょっと変わった角度というのは、
  「どうかしちゃってる美術家っているよね」
  「ヘンタイって言ってもいいくらい、ちょっと変わってるよね」
という視点だ。


解説してくれるのは、「ヘンタイ美術館」館長の山田五郎氏。


そう、ラグビーの五郎丸の20年も前から頭をソフトモヒカンにしている変なおじさんだ。

テレビ東京の『出没! アド街ック天国』やテレビ朝日の『タモリ倶楽部』でよくみかけるウンチクの多いタレント、と思っている人も多いと思うが、実は山田氏、学生時代にオーストリア西洋美術史を学んでいるし、学者を断念して就職した講談社の編集者時代には『週刊 世界の美術館』を担当した経歴も持っている。


美術評論家として一家言も二家言もある人なのである。


西洋美術について充分な見識をもち、ヘンタイ方面にも一家言を持つ山田氏に西洋絵画の歴史を楽しくわかりやすく語るトーク・イベントの企画が持ち込まれたとき、山田氏は『変態美術館』という企画名に反対したそうだ。


反対の理由は2つ。


ひとつは、本物の変態の人に失礼だろ! ということ。


「変態」というのは趣味でやっているのではなく、自分でもどうにもできない病理のようなもの。
むかしは笑いものにしても平気だったかもしれないけど、興味本位で語るのはよくないんじゃないか。


もうひとつは、芸術家に失礼だから。


芸術家にもまともな人はたくさんいる。
「芸術家は変わり者が多い」というのは偏見はやめてもらいたい!


――とはいえ、こうした「悪意なき失礼」や「根拠なき偏見」は世間一般に定着してしまっている。


せっかくの機会ととらえて、変態や芸術家への誤解と偏見を正していくことが大人としての務めなのではないか、と山田氏は考えた。


こうして、カタカナで『ヘンタイ美術館』という企画名に変更した美術講座イベントがスタートした。


トークイベントは、館長に質問する「学芸員見習い」とのかけ合い形式で作品を紹介していく。


学芸員見習い」のこやま淳子氏は西洋美術はズブのシロウトであるが、「気鋭のコピーライター」である。


芸術家たちのあまりのヘンタイぶりにもらすひと言がいい。


さあ、はじまりはじまり〜、となった第1回講座のお題は、

ルネサンス三大巨匠―いちばんのヘンタイは誰!?

というもの。


ルネサンスを代表するダ・ヴィンチミケランジェロラファエロがどれだけ変わり者だったかを紹介しながら、3人の生涯と作品を解説していく。


まず基礎知識として、会場の参加者に「誰がいちばんエライと思うか」を質問してみると、「ダ・ヴィンチ」という人がいちばん多かった。


ところがところが、山田館長が言うには、

ヨーロッパのクラシックな美術史の流れの中でいうと、実はいちばんエライのはラファエロなんですよ。

とのこと。


ダ・ヴィンチといえば「モナ・リザ」と「最後の晩餐」が有名だが、途中でやめてしまった作品が多く、当時の芸術家にとって最高の栄誉だったバチカンにも作品を残していない。


それにくらべてラファエロは、37歳で亡くなっているのに、67歳まで生きたダ・ヴィンチよりもたくさん作品を残している。
もちろん、バチカンにも。


宗教画、歴史画のような重要とされる分野でたくさんの名作を描いたこともあってラファエロは西洋古典絵画の代名詞となったそうだ。


いっぽうのダ・ヴィンチ

ほぼ「モナ・リザ一発屋
発注したくないアーティスト・ナンバーワン

と言われてもしかたがない。


ではミケランジェロはどうかというと、

筋肉フェチのワーカホリック

とバッサリ。


ルネサンスの巨人たちを持ちあげたりせず、トホホなエピソードを並べることで身近な存在にしてくれている。


なるほど、分かりやすくて面白い。


このあと、
第2回講座「やりすぎバロック」ではカラヴァッジオルーベンスレンブラントを、
第3回講座「理想と現実」では19世紀のアングル、ドラクロワクールベを、
第4回講座「2文字ネーム印象派」ではマネ、モネ、ドガの作品を紹介しながら、それぞれのヘンタイぶりを教えてくれる。


この本の面白さの半分は「ヘンタイ」という切り口のおかげだが、それだけではない。
単に絵画の講義をするのではなく、トークショーでかけ合いをしていることがこの本のもう半分の魅力で、それが印象に残りやすい空気をかもしだしている。


少しだけ雰囲気をお伝えしよう。


トークショーその1。
ルーベンスの『聖フランシスコ・ザビエルの奇蹟』という作品を取りあげたときの山田館長とこやま学芸員見習いの会話。

こやま ザビエルって現地でも有名人なんですね。

山田 当たり前じゃないですか! イエズス会創立者の一人ですよ!

こやま 日本だけで有名なのかと……。
    ハゲ頭の代名詞みたいな。

山田 いやハゲ頭で有名なわけでゃない!
   あれハゲじゃないし! 剃ってるし!

こやま あー(笑)。

山田 大変な方なんですから。日本の守護聖人ですよ。


トークショーその2。
画家クールベのヘンタイぶりについての館長と学芸員見習いの会話。

山田 いや、だからクールベはヘンタイじゃねぇって!!

こやま だってフツー、アソコ描こうって思わないですよ。

山田 そうはおっしゃいますけどね、クールベが描く裸自体は、
   いたって普通じゃないですか。
   全然おもしろくないわけ、我々から見れば。

こやま 「我々」ってよくおっしゃいますけど、みうらさん
    とかですか?

山田 違うって。世界共通の認識だって。

こうして、2人の楽しいトークが進められていくが、とりあげる画家のヘンタイぶりも、だんだん激しくなってくる。


ルネサンスの画家は「ちょっと変人」くらいだったのに現代に近づくにしたがって、ちょっと引いてしまうくらいの行動をとるようになる。


ここでは詳しく書かないが、ドガは「近代的なヘンタイ」の領域に足を踏みいれているほどだ。


きれいだねー、美しいねー、では済まない西洋絵画の奥深さを、すこし変わった角度で見せてくれる。


覗いてみよう。ちょっとオ・ト・ナの世界を。