びんぼう自慢


著者:古今亭志ん生  出版社:立風書房  1981年2月刊  \980  264P


本書は、ISBN番号もバーコードも印刷されていない、20年以上前に出版された本です。もう絶版ですので、古本屋さんか図書館でしか読むことはできません。(2005年1月に筑摩書房から文庫が出ているようです)
びんぼう自慢 (ちくま文庫)
今回は、内容を紹介する前に、このめずらしい本を読むことになったいきさつを書かせていただきます。


本ブログ9月8日号小沢昭一さんの『小沢昭一新宿末廣亭十夜』を取り上げました。
この本は、笑ったあと思わずホロッとしてしまう、という小沢さんらしい内容。まちがいなく、私がことし読んだ本のベスト5に入ります。
感動の余韻にひたっているうちに、誰かとこの満足感を分かち合いたい、という気持ちがわいてきました。


まっさきに浮かんだのが、会社で背中あわせに座っている先輩です。
新入社員のころ、まだ珍しかったデータベースの存在を教えていただいたのがこの先輩です。最新技術動向に詳しい方でした。その後、所属が変わってしまったのですが、昨年の人事異動で20年ぶりにまた同じ職場になりました。
そういえば、落語研究会に在籍していたと聞いたことがあります。先輩なら、この本の良さが分かってもらえるでしょう。


とはいえ、ふだんは先輩と本の話をしたこともありません。いきなり本をプレゼントしようとしても、受け取ってもらえないでしょう。
そこで、「私の本」を回し読みすることにしました。
読んだ本は図書館に返してしまって「私の本」は手許にありませんので、新たに買い求めました。
新品に見えないように、しおりの紐を途中のページにはさんで、「おもしろかったので、よかったら読んでください」とお渡ししたのが先週末のことです。


週明けに、
「さっそく読んだよ。おもしろかった。お礼にこの本を貸してあげる」
と手渡されたのが、今日の一冊『びんぼう自慢』です。


なんと、この本は、9月8日のブログの本文でもちょこっとだけ紹介させていただいた、古今亭志ん生の貧乏生活回想記です。
どうして先輩は、小沢昭一の本で私がいちばんジーンときた箇所が分ったのでしょう。
最高のお返しです。


いやぁ、前置きが長くなりました。
小沢昭一のように「つづきは明日のこころだー!」と言っちゃいましょうか(笑)。
いやいや、続けさせていただきましょう。今日は、いつもより長くなることをお許しください。


お待たせしました。やっと内容に入ります。


古今亭志ん生は、明治23年生まれ。若い頃から親の言うことをきかない困った子どもで、十代半ばに、とうとう家を飛び出してしまいました。
ズボラな自分でも、バカッぱなしなら商売になるだろう、と落語家の橘家円喬に入門。長いながい貧乏生活がはじまりました。


人は生きていくために、衣・食・住をなんとかしなくてはなりません。ところが、志ん生の貧乏生活では、この三つを全部満足させるのは、ムリです。
わずかの収入を、まず食べること、次に着るものに充てていくと、住まいに向けるお金が残りません。6畳ひと間を2人借りたときも、3畳ぶんの家賃も払えないというありさま。
家賃が溜まりにたまり、新しい借家を探しては前の借家を夜逃げする繰り返しです。


この生活は、結婚しても、子どもが生まれても相変わらずです。夏は奥さんが裸同然でくらしていたとか、自分たちは食べたふりをして子どもに食べさせた、なんて話は、いくら面白おかしく話されても、やっぱり切ないですね。


だいたい、貧乏な理由の半分は、本人が飲む・打つ・買うの三拍子そろった道楽に血道をあげているからです。


「あたしは、酒は好きだが、そんなにバカ呑みするほうじゃァない。一ぺんに一升五合ものみゃァ、もう十分です」
なんていうくらいですから、お酒の失敗談は山のように書かれています。打つほうの(バクチ)話も、買うほうの(吉原の)話もたくさん回想しています。


びんぼうだ貧乏だという前に、その道楽をやめりゃいいでしょう!
かたぎの人間なら、そう考えます。


ところが落語家というのは不思議なものですね。
こんな人間失格を絵に描いたような道楽者が、年齢を重ね、芸暦を重ねて落語界の重鎮となり、とうとう文化勲章まで授与されました。


本書の口述筆記をした小島貞二氏は、次のように評しています。
  志ん生落語のなかには庶民の生活がにじみ出ている。
  つまり志ん生の多彩な……まるで“落語を地でゆく”ような人生経験が
  もろに落語の中に生きていた。
  それがまた志ん生の魅力であったわけだ。


明治から昭和まで、貧乏神に追われながら、それでも陽気に生き抜いた落語家の物語。


本書が手に入らない場合は、代わりに古谷三敏作のコミック『寄席芸人伝』をお薦めします。志ん生と同じ時代に生きた落語家たちの物語は、本書と同じような逸話が満載ですよ。