副題:成風堂書店事件メモ
著者:大崎 梢 出版社:東京創元社 2006年5月刊 \1,575(税込) 238P
ここは、どこにでもありそうな駅ビルの6階にある本屋さん。
取次店から届く本の山をさばき、レジを打ち、定期購読の本を配達してまわるかと思えば、本に添えるポップ広告を書き、お客さんの質問に答える。
本書は、はたで見るより忙しい本屋さんを舞台にした推理小説です。
日常業務をてきぱきとこなす書店員の杏子は、困っているお客様を放っておけず、気がつけば事件に巻き込まれています。
頭の回転の速い主人公が自分で事件を解決すると思いきや、杏子ひとりでは謎が深まるばかり。
そこでもう一人の主人公、アルバイト店員の多絵が登場し、推理力をはたらかせます。
解決したかと思った事件は思わぬ展開を見せ、予想もしなかった結末に!
推理小説の王道をいく本格的ミステリで、しかも、読み終わったあと、心がポッとあたたかくなりました。「本の雑誌」2006上半期エンターテインメント 第2位を受賞しているのも納得ですねえ。
推理小説の内容を明かすのはルール違反なので、ちょこっとだけ周辺情報を紹介します。
本書は5つの連作小説で、それぞれ次のタイトルがついています。
パンダは囁く
標野《しめの》にて 君が袖振る
配達あかずきん
六冊目のメッセージ
ディスプレイ・リプレイ
「配達……」「ディスプレイ……」は、本屋さん特有の業務のなかで事件が発生します。
ディスプレイはともかく、配達が本屋さんの仕事とは知りませんでした。
美容院や床屋さんのように、定期的にたくさんの雑誌を購入してくれるお店は大切なお客様なんですね。配達の曜日や時間を細かく指定され、会計の締め日も集金日もバラバラなので、まちがえずに本と伝票を袋に入れるのが、結構たいへんな作業だそうです。
残りの3編は、本を探す、本を薦めるがテーマになっています。
書店員だからって、全部の本を読んでいるわけはありませんので、主人公の杏子も、自分の担当コーナー以外はそんなに詳しくありません。
ところが、「六冊目のメッセージ」では、退院したばかりの女性が来店し、入院中に絶妙の本を推薦してくれた男性をさがします。杏子の同僚にそんなに本のセンスのいい男性社員はいません。じゃ、いったい何者なの? というところから物語は展開します。
謎の男性が薦めた本は、どれも気になる本ばかり。推理のゆくえも気になりますが、登場する本も読みたくなってしまいます。さっそく、私も図書館に予約しましたよ。
本好きの作者が書いて、本好きの主人公が登場して、本好きな読者が読む。
そして、本好きを満足させる一書でした。
本書の末尾に「書店のことは書店人に聞け」と題した、本物の書店人(店員)の座談会が載っています。ミステリーの内容を明かせないので、代わりに、この座談会の内容を紹介しちゃいましょう。
出席者の証言によると、本書には本屋さんの日常がきちんと描かれているようです。
「あるあるとういうこと!」と、うなずいたり、「いるいる困ったお客様!」と苦笑しながら読んだ、ということですから。
実際の本屋さんの店頭では、本書のお客様からの問い合わせよりも、もっとユニークなものもあるようです。
「さっきラジオでやってた吉田?っていう人が書いた本どこにある?」
なんていう情報量の少ない問い合わせがあるかと思えば、
「宮沢賢治の風の又八郎はどこですか?」
という、なんだか多いですよお客様! という問い合わせも。
お客様と何かドラマチックな展開になったことは? との質問に、お客様と店員という関係を超えて、親しくなったエピソードを語る出席者もいました。
その年配のお客様とは、店内でお話をするだけでなく、一緒に食事もする間がらになりました。悲しい悲しい身の上話を聞かせてくれたこともあったとのこと。書店を退職することになったとき、最終日に花束を持って来店し、
「あなたは、わたしの孫みたいなものなんだから、がんばってちょうだい」
と励まされました。
今でも、ときおり食事を共にしている、というのは小説になりそうですね。
座談会出席者が共通して発言しているのは、とても、本書に好感を寄せていることです。
みなさん、次のように絶賛しています。
「まっとうな市民の、まっとうな考え方や振る舞いが、
ごく自然に書かれている」
「特別なヒーローではなく、ご近所さんへのちょっとした思いやりが
行動のきっかけ」
「先が楽しみです。一作ごとに長所を伸ばしていきそうな作家、
とお見受けしました」
ベタ褒めした書評はなんだか信用できませんが、書店員が褒めていると、なんだか信じてしまうのは不思議です。
ただし、この巻末の座談会は、くれぐれも最後に読むようにしてください。もう事件の結末を知っている人に向けた、あとがきのようなものですから。