プチ哲学


著者:佐藤 雅彦  出版社:マガジンハウス  2000年6月刊  \1,260(税込)  93P


プチ哲学


バザールでござーる」や「だんご3兄弟」で知られる著者が、「かわいらしさだけに終わっていないかわいらしさ」を狙って書いた本です。
ものごとの見方をちょっと変えてみる方法が31個されています。
なにしろ、著者は「言葉で考えていない」人です。ふだん考えごとをするときは、頭の中にアーという音やウーという音や映像が駆けめぐっているという、世にも稀な発想法をする人なのです。
その著者が、かわいらしいイラストと、口述筆記してくだけた表現になるよう工夫した文章で、プチ(かわいらしい、小さな)哲学的な考え方を伝授します。


私が一番感心した29番目の「中身当てクイズ」。
階段状の3段の台にコーヒーカップが一つずつ載っていて、コーヒーかミルクが入っています。自分に何が入っているか分かりませんが、自分より下の段のコーヒーカップの中は見えます。
かわいいミルクポットが言います。「3つとも同じ中身ではありません。さあ、自分の中身が分かった人は手をあげなさい」
1段目のカップは全く見当がつきません。
2段目のカップは、「1段目のカップの中身はコーヒー」ということが見えましたが、それだけでは自分に何が入っているか分かりません。
3段目のカップは、「1段目のカップの中身はコーヒー、2段目のカップの中身はミルク」ということが見えましたが、かといって自分の中身がコーヒーかミルクかが分かりません。
3人とも「うーん」と困っていたところ、間もなく一人のカップが「あっ、わかった!」と手をあげました。
さて、それは誰だったでしょうか。


正解はまん中のカップでした。
まん中にいるカップは、ある時、誰からも答えがでないという状況を「ひとつの情報」だと気づきます。もしも、まん中の自分がコーヒーなら、上の段のカップは、前2人がコーヒーなのですから、自分はミルクだとわかるはずです。一番上の人が答えを出せないということは、つまり、まん中の自分はコーヒーではない、ということの証しなのです。
推理小説を読んでいて、裏をかかれたような気分ですね。
このように「情報がない」ことが「情報」になる得ることが時々ある、とこのプチ哲学は結ばれています。
(図がないと、ちょっとわかりにくいでしょうか? 階段の上でウーン、ウーンうなっているコーヒーカップのイラストを見ながら読むと、よく分かったのですが……)



最初に「『だんご3兄弟』で知られる著者」と書きましたが、この歌とキャラクターが大ヒットして、著者がブームの渦中に投げ込まれたときの心境を、巻末対談で語っています。
ヒットに伴い、取材申し込みが1日に100本も200本も入ってくるようになりました。事務所の電話はパンクし、記者だけでなく、一般の人もやって来て、恐怖を覚えたそうです。ワイドショーのレポーターも来て周りは騒然としているのに、事務所の中ではスタッフ一同が鳴りっぱなしの電話を前に、みんなでひっそりしていました。
まるで、渦を巻いた台風の目の中にいるよう(まわりはすごい風が吹いているのにまん中は静か)だったと言います。
怖いですねぇ。


それまで一生懸命いろんなことをやっていたのに、どこに行っても「だんごを作った人」の一言で片付けられる、という日が続いた著者ですが、ブームが去って、またいろんな顔を認識されるようになったようです。


ちょっと古い本で、今は文庫本しか手に入らないようですが、本書でプチ哲学者の佐藤氏に刺激を受けてみてはいかがでしょうか。