ボッシュの子


副題:ナチス・ドイツ兵とフランス人との間に生まれて
著者:ジョジアーヌ・クリュゲール/著 小沢君江/訳
出版社:祥伝社  2007年6月刊  \1,365(税込)  192P


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1981年に公開された映画『愛と哀しみのボレロ』は、第二次世界大戦に翻弄された多くの家族の物語です。


パリでナイトクラブの歌手をしていた登場人物の一人は、パリに来ていたナチスの音楽隊長(カラヤンがモデルと言われています)と出会い、彼の子を妊娠しますが、戦争が終わってパリが解放されると、敵に身体を許した女性と非難され、頭を丸刈りにされて故郷に帰りました。父親のいない子どもとして育った彼女の娘は、やがてパリに出てTVのニュース・キャスターになりました。
このできごとを「戦争の悲惨さを訴えたフィクション」と思っていた私は、少しあとに、ロバート・キャパの『ちょっとピンぼけ』の文庫本を見て愕然としました。


『ちょっとピンぼけ』は、報道写真家として激戦に立ち会う日々を活写し、同時にキャパの恋の成り行きもかいま見せている洒脱な手記ですが、この本に載っている写真の中に、赤ん坊を抱いた丸刈りの女性を人々が取り囲んでいる情景を見つけました。
映画のシーンは、けっして誇張した表現ではなく、史実に基づいていたことを知ったのです。


ドイツ軍が撤退した後に残されたフランス人女性に、同じフランス人たちが寄ってたかって非難の言葉を浴びせる。そんな史実の中から生まれたのが、今日とりあげる『ボッシュの子』です。


著者のジョジアーヌ・クリュゲールは、1942年、ドイツ兵士とフランス人女性の間に生まれました。戦争が終わったあと、母は丸刈りにされる集会に呼び出されずに済みましたが、祖母と母と著者の女ばかりの家族は、陰湿な差別にさらされました。無邪気な少女時代が終わり、自分の出生の秘密をおぼろげに知るようになった著者は、不安な人生を送るようになりました。
引っ越して別の土地に移り、新しい友人ができても、「自分はふつうの子どもではない」という思いに苦しめられます。


30歳を過ぎ、一目会いたいと父を捜したときには既に遅く、三年前に亡くなったことを告げられます。ドイツに帰って家庭を持った父の子どもたち―著者の義兄弟―に招かれ、未知の家族と対面をはたした著者は、次のように記しています。
  「完全に受け入れられたという実感、ついに自分のあるべき場所に
   たどり着けたという幸福感に浸っていた」


「呪われた子」、「恥辱の子」、「ボッシュ(ドイツ人)の子」と蔑まれ、戦後60年間タブー視された沈黙を破り、著者は、2006年にこの半自叙伝を自主出版しました。


著者と同じ境遇にいるフランス人は、推定20万人といわれています。定年を過ぎた著者たちの自分探しは、はじまったばかりです。