わたしが見たポル・ポト


副題:キリングフィールズを駆けぬけた青春
著者:馬淵 直城  出版社:集英社  2006年9月刊  \2,100(税込)  285P


わたしが見たポル・ポト キリングフィールズを駆けぬけた青春


報道カメラマンとして30年以上カンボジアを中心にインドシナ半島を取材してきた著者が、ベトナム戦争後のカンボジアで何が起こったかを明かす取材記録です。


ポル・ポト」と聞いて分かる人は少いかもしれませんが、1998年に死んだカンボジアの政治家です。
1970年代後半から国際ニュースに登場したポル・ポトは、内線でカンボジアの全権を掌握した後、多くの国民を虐殺した人物として有名になりました。本書の副題にも登場する“THE KILLING FIELDS”という1984年公開のハリウッド映画は、カンボジアの虐殺の様子を世界に知らしめました。
しかし、ポル・ポトへの2回の直接インタビュー経験を持ち、インドシナに定住して取材を続けてきた著者の馬淵氏は、「大虐殺」は政治的キャンペーンで、真実は違っている、と言います。


本書は、1975年に初めてポル・ポトにインタビュー取材することに成功したときの回想場面からスタートし、二つの伏線を追いながら、インドシナでの取材経験を回顧していきます。
伏線のひとつは、最初のポル・ポト取材で了解が得られたカンボジアの国内取材とポル・ポトの2回目の取材について。貴重なポル・ポト派側からの取材内容と、ポル・ポトの死の直前の2回目の取材内容は、最終章で明かされます。
もう一つの伏線は、共同通信社の石山幸基記者と一ノ瀬泰造カメラマンの安否です。
アメリカ側からの取材だけでは真実は分からない、と命を懸けて解放側(ポル・ポト側)の取材に行った2人ですが、長らく消息が掴めなくなりました。いったい、生きているのか死んでしまったのか。死んでしまったのなら、いつ、どこで、どのような最期を迎えたのか。尊敬する二人のジャーナリストの行方も最終章で明かされます。


ふたつの伏線を感じさせながら、馬淵氏の回想録は、インドシナ半島全域での取材内容を伝えています。
当時、ベトナムは、侵略者アメリカを追い出したヒーローとして報道されていました。ホー・チ・ミンは偉大な指導者として紹介され、ベトナム戦争が終わって近隣諸国も平和になった、と私も信じていました。


しかし、戦火は続いていました。


著者のインドシナの歴史解説によると、クメール王国が一千年の繁栄を誇ったあと、衰退するクメール人の国(カンボジア)を、東のベトナムと西のタイがゆっくりと確実に侵食している、とのことです。
ベトナム戦争終結間近、パリの和平交渉でアメリカとベトナム間で停戦合意がなされましたが、カンプチア民族統一戦線(クメール・ルージュ)は、拒否しました。
もともとホー・チ・ミンは「インドシナ共産党」の主席を名乗っていましたので、ベトナムは格下のカンボジア共産党にメンツをつぶされた形になりました。
「言うことを聞かないなら、アメリカに空爆させる」というベトナム代表の脅迫通り、アメリカは、ベトナム戦争で使用した爆弾の総量を上回る激しい無差別爆撃をカンボジア全土に加えました。


アメリカが撤兵したあと、ベトナム軍の直接・間接の介入を受け、カンボジアは戦火の止まない地域になりました。その根底には、ベトナム人クメール人の長年の対立と怨念が隠れています。
カンボジア人と結婚し、現在もバンコクに住んでいる馬淵氏から見るインドシナ観は、日本のマスコミからの情報しか知らない私とは正反対と言っていいでしょう。


政治的プロパガンダは、一般人には見抜けなません。
ただ踊らされるだけです。


日本のマスコミに対しての次のような一言が強烈でした。
  ただ面白おかしく記事を垂れ流す日本のジャーナリズムは、まさしく
  危機に瀕している。外国に住んでいる私には、そう見えて仕方がない。


著者の馬淵氏は、カンボジアの「大虐殺」は政治的キャンペーンだ、と言っていましたが、私は、本書を読むまで、「ポル・ポトが大勢のカンボジア人を殺した」と思っていました。
映画「キリングフィールド」も見ました。
また、1989年に出版された本多勝一著『検証カンボジア大虐殺』も読みました。他の著書を読んで信頼感を寄せる本多氏が「大虐殺を肯定せざるをえない」と書いていましたので、それが真実と考えてきました。
ですから、ポル・ポトを排除したあと1992年に国連主導の総選挙がある、その総選挙のためカンボジアにラジオを贈る運動がある、と知ったとき、喜んで自宅のラジオを使ってもらいました。
なんでも、長引く内戦で極端に識字率の悪くなったカンボジア国民に選挙広報するには、文字よりもラジオが効果的とのこと。そのラジオも不足している状態なので、家の中で使っていないラジオを贈りましょう、という運動でした。
当時、国連事務次長だった明石康氏が国連カンボジア暫定統治機構のトップになったばかりでした。国際機関で活躍する明石さんは、「日本の誇り」のような雰囲気で報道されていたところです。


そんな個人的な懐かしさもあって本書を手に取りましたが、馬淵氏の主張は、今まで知っていたこと、真実と思っていたことを覆す内容でした。


政治的な立場が異なる地域に身を置いていると、こんなにも見方が違います。ジャーナリズムも、得てして片方の主張ばかり増幅する結果になりかねません。
本書を読んで、ニュースを疑って聞く大切さを知りました。