著者:湯川 鶴章 出版社:NTT出版 2006年7月刊 \1,785(税込) 285P
インターネットとジャーナリズムの現状を分析し、一般人の情報発信がどのようにジャーナリズムを変えていくかということを考察した一書です。
著者は先端技術部門を専門領域として取材・執筆している共同通信社編集委員の湯川鶴章氏。
湯川氏は青木日照氏との共著『ネットは新聞を殺すのか』(2003年9月刊)で、新聞業界がインターネットという先の見えない世界に突入したことを示しました。
その暗闇の先を何とか見通せないか、という思いに駆られ、何らかの糸口をつかもうとして2004年5月にはじめたのが「ネットは新聞を殺すのかblog」です。
著者の専門の米国ネット情報のうち、新聞業界に関わることをブログに書いているうちに、アクセスも増え、新しい情報が寄せられるようになりました。人気の出るブログの例にもれず、ブログのコメント欄が罵詈雑言であふれかえる「炎上」状態になることも経験。
めげずに更新しつづけることによって、尊敬できる“心の師”との縁をネット上で結ぶこともできました。
そのブログ上で集まった情報や知見をまとめたのが本書です。
タイトルに「ジャーナリズム」という言葉が使われていますが、実は、著者はこの言葉が嫌いです。
それは、ジャーナリストの多くが自身の職業に誇りを持つ反面、その裏返しのように、部外者に対して排他的な体質を持っているからです。
新聞業界人は、特にこの傾向が顕著で、アメリカや韓国で起きている新しい潮流――市民記者が書いたニュースがネット上で重要な位置を占めるようになってきたこと――を評価しようとしません。
しかし、次々と既存のビジネスを根底からくつがえすビジネスモデルを提示してくるインターネットの力は想像を絶するものがあります。
新聞業界も例外ではなく、安閑としていられないはずです。
ちょうどリナックスがウィンドウズの牙城の一角を崩そうとしているように、計画経済の非効率が市場メカニズムに敗れたように、既存メディアが情報の流通を寡占していた時代は終わろうとしている。
放っておけば、ジャーナルズムを実践できなくなる、という危機感から、著者は新聞業界の若手有志が主催する勉強会に参加して意見を交換したりもしています。
マイクロソフトが約10年間にわたって産業界に大きな影響力を保持したように、今後10年くらいは、グーグルの時代になる、と著者は予想します。
その先に来るのは、人々の口コミを中心に情報が流通する時代、さらにその先の世の中は……。
本書を出版するにあたって、著者が提案したタイトル案は
『メディアの融合と参加型ジャーナリズム』
だったのですが、NTT出版社長の鶴の一声でこのタイトルに決まりました。
タイトルに「ブログ」が付いていれば売れるご時勢ですし、販売側が決めるタイトルには“あざとい”ものもたくさんありますが、本書に限っていえば、内容をよくあらわしたタイトルと感じました。
本書の主題は、
ブログに代表される参加型ジャーナリズムが既存のメディアを変えていく
ということです。
私の好きなお笑いの要素は一箇所もなく、最初から最後まで淡々としたことば使いで、メディアの将来を語っています。
ノウハウと金儲け中心のブログ本が花盛りのなか、硬派の本書をお薦めします。
以下、個人的な本書との出会いについて。
本書はブログから生まれた書籍ですが、私がこの本を手にすることができたのも、インターネットが取り持つご縁です。
本書の「あとがき」に、本書の成り立ちが書かれています。
その中に、著者がブログを始めて間もないころ、久米信行さんを紹介された逸話が書かれていました。
著者は久米さんに、ネット上で情報を集める極意を伝授していただいたとのこと。
それは、
「ギブ・アンド・ギブ・アンド・ギブ・アンド・ギブン」
というものでした。(久米さんは、著作で「Give & Give & Given」と書いておられます)
久米さんはインターネットで知り合った人も、ネット外の知り合いも「縁者」と呼び、メルマガ、ブログを通じて多くの人との縁を拡大しているネットの達人です。
私も久米さんの著作『メール道』を知ってメルマガを読ませていただくようになった一人です。
湯川さんのメルマガ「ネットは新聞を殺すのかblog」をどなたに教えていただいたか思い出せませんが、ひょっとすると久米さんのメルマガで知ったのかもしれません。
毎回楽しみにしていた「ネットは新聞を殺すのかblog」の内容をまとめて出版する、という予告も、「ネットは……」の記事で知りました。
「本が完成した際には、10冊ほど、プレゼントしたいと思います」というお知らせに応募したのが今年の1月末。
先週末に、「謹呈 著者」との冊子小包が送られてきたときは、感激でした。
さっそく読ませていただき、気づいたことがあります。
それは、ブログで一度は読んだ内容でも、書籍という形で読むと違う効果がある、ということです。
新聞とインターネットで配信されるニュースを比較した場合、
「新聞は視認性にすぐれている」
という特長があげられます。
同じように、書籍とブログを比較した場合、
「書籍は、一つの大きな概念を表現することができる」
という特長をあげることができるでしょう。
一度は読んだはずの内容ですが、毎日少しずつ掲載されて毎日少しずつ読む形式のブログでは、まとまった考えや概念を形成しづらいのですね。
今回、ブログと書籍を両方読むことを体験して、はじめて気づきました。
さて、湯川さんは、本書を書き上げてから興味の中心がブログというツールからポッドキャスティングに移行しました。
参加型ジャーナリズムやメディアの融合というテーマから、メディア周辺産業の近未来というテーマに拡大しつつある、とのこと。
湯川さんは「IT潮流」という別なブログで、近未来にかかわりそうな人々のインタビュー録音を提供しています。
私は、「聞きたい、でもiPodが買えない」と諦めていました。
でも、湯川さんから本を送っていただいたのをきっかけに、「IT潮流」のリスナーになってみようかと思っています。
ポッドキャスティングを聞くのは、なにもiPodでなくてもかまいません。
よし! iPod(のバッタもの)を買うぞ!