副題:電器売場店員のクレーム日記
2004年2月刊 著者:青木 詠一 出版社:大和書房 価格:\1,470(税込) 174P
タイトルから想像すると、かなり理不尽な客が登場するように思うかもしれません。でも、本書にはヤクザに脅されて指を詰められそうになったエピソードも、万引き常習犯に逆切れされる話も出てきません。一部に悪質なクレーマーも出てきますが、登場する客のほとんどは、テレビの特集で目にするひどい客よりも、ずーっと普通の人です。
むしろ、普通じゃないのは著者の方です。
クレームを受ける側の著者は、度を越えた心優しさの持ち主です。クレームを受けて苦しいはずの著者が、同僚が受けたクレームのつらさも受け止めます。おまけに、クレームを言わずにはおられないお客さんのつらい想いまで包み込んでしまいます。
例えば……
年配の女性が目の前で泣いています。
申し訳ありませんが、息子のために昨日買った冷蔵庫をキャンセルさせて下さい、と泣いています。ひとり暮らしの息子が「最近、冷蔵庫の冷えが悪い」と電話してきたので、気をきかせて買ってあげたのです。なのに息子は「勝手にそんなことするな」と怒鳴った、というのです。「大丈夫ですよ。キャンセルは問題ありませんから」となぐさめながら、著者は自分が学生時代に同じようなことを母にしたことを思い出します。
当時、著者は大学が面白くなくなり、ろくに授業にも出ていませんでした。そんな自分が多額の仕送りをもらうことが許せなくなり、無理やり仕送りを半分にしてもらいました。生活は苦しくなりましたが、生きる価値のない人間だ、と思いつめている著者には貧乏が似つかわしいように思えました。
そんなある日、「お金は大丈夫なの。せめて冷蔵庫を買ってあげようと思っているのだけれど……」と母から電話がかかってきます。著者は「そんなものいらない!」と激しい口調でどなり、母の言葉を断ち切るように電話を切りました。「こんな僕に、どうしてそんなことをするんだ……」と、著者は下宿先の古びた共同電話で、ひとり泣いていました。
母の愛が深ければ深いほど苦しくなった、そんな日を思い出しながら、著者は目の前の年配女性に「大丈夫、大丈夫ですよ」と声をかけます。
キャンセルは大丈夫ですよ。
息子さんも、きっとあなたを愛しているのですよ。
大丈夫ですよ……。
ひとつ一つのクレームのエピソードが「つらいのはあなただけじゃない!」と叫んでいます。「クレームを受ける私たちもつらいけど、お客さんもつらいんだ。人の営みは、なんてつらいんだろう」という著者の涙目で語られています。
読者もウルウルせずには読み進むことができないでしょう。