著者:小池 真理子 出版社:毎日新聞出版 2015年6月刊 \1,944(税込) 500P
僕は大河ドラマをほとんど見ないのだが、脚本担当の三谷幸喜氏は昔からのファンで、出世作の『やっぱり猫が好き』や『王様のレストラン』、『古畑任三郎』、『竜馬におまかせ!』など、けっこう彼の作品を見てきたので、今回の大河ドラマも久しぶりに見てみようと思う。
『真田丸』を見てみようと思ったのは、もう一つ理由がある。
それは、主人公の真田幸村を演じる堺雅人も好きな役者のひとりだからだ。
社会現象にまでなった『半沢直樹』の主人公を演じて一躍有名になった堺雅人だが、『真田丸』の前に日本テレビのドラマで主演していたのをご存じだろうか。
『Dr.倫太郎(ドクター倫太郎)』という精神科医が主人公の物語だ。
患者との問診に力を入れ、傷ついた心にとことん寄りそう精神科医が、二重人格の患者と出会って惹かれていく、というあらすじだ。
治療のためなのか、個人的恋愛感情なのか分からないまま深みにはまっていった主人公は、病院をやめさせられた末に患者にプロポーズしてしまう。
患者の治療のゆくえはどうなるのか。
医師としての主人公の将来はどうなるのか……
というドラマだった。
先の展開が読めない連ドラを見終わったあと、同じような小説に出会った。それが、この作品。
長い前ふりになってしまって申し訳ない。
今日の一冊『モンローが死んだ日』は、精神科医と患者の恋愛をテーマに
した小説である。
主人公の幸村鏡子は、軽井沢の外れにある花折町で夫と死別したあと、地元出身の作家を記念した文学館の仕事をしながら独りでくらしている。
夫を亡くして半年たったころ、テレビで山岳ドキュメンタリーを見ていたとき、スイスアルプスのアイガー北壁から真っ逆さまに落下する自分を想像してしまった。
それからは、気分が滅入るたびに落下のイメージが不吉によみがえってくるようになる。
眠っているときに1500メートルの氷の壁の隙間を落ちていく夢を見たときには、のどがはり裂けるような大きな叫び声をあげ、自分の声で目を覚ましたほどだ。
あまりのつらさに町内の精神科クリニックに診療を受けにいった。そのときの医師が高橋医師だった。
優しいまなざしで話を聞き、薬を処方してくれる。
薬がきいたのか、優しいまなざしがきいたのか分からないが、鏡子の状態はよくなっていき、「今回で卒業、ということにしましょうか」と告げられた。
通院の必要がなくなってひと月が過ぎたころ、鏡子が管理人兼案内人をしている文学館に、高橋医師がやってきた。
ひととおり館内を見学したあと、鏡子がふるまったコーヒーを飲みながら、高橋医師は問われるままに離婚してから20年以上たっていること、再婚せずに独りぐらしであることを明かす。
患者にこんなことを話したのが初めてであることに気づき、高橋医師は言った。
「自分の診察を受けに来た患者さんとは、どんなことがあっても診察室以外で会ってはならない、っていう、精神医学界における暗黙のルールがあります。それをかたくなに守り抜いている医師も多くいます。でも、その点、僕はいい加減かもしれません。死ぬ直前まで、公私の別なくモンローを診ていた専属精神分析医と同じで……」
このあと、ゆっくりゆっくりと二人の距離が縮まっていき、初めて数日をともに過ごしたゴールデンウィークの終わりに、高橋医師は鏡子の家に泊まり、ごく自然ななりゆきで体を重ねた。
しかし、鏡子のときめきは長くつづかなかった。
中年男女の甘美な恋愛小説と思われたストーリーは、急展開する。
毎週水曜日に鏡子のもとに通ってきていた高橋医師が、なんのまえぶれもなく来なくなってしまったのだ。
文字どおり半狂乱になった鏡子は、高橋医師をさがそうとするが、クリニックをやめた医師のゆくえをさぐる手がかりはなかなか見つからない。
限られた手がかりをたぐり寄せ、高橋医師が失踪した事情がおぼろげに分かってきたとき、ぶ厚い手紙が鏡子に届いた。
高橋医師からの手紙に書かれていた驚くべき事情とは……
推理小説やサスペンスは、なぞ解きが複雑なだけでは心に残らない。
松本清張の『砂の器』のように、真実が明かされたあと、なんともやるせない余韻を残す小説だけが名作と呼ばれる。
現代人の心の襞の奥底に踏み込む、
濃密な心理サスペンスの誕生。
という帯の言葉にウソはない。