副題:正しくないけど役に立つ60のヒント
著者:西原 理恵子 出版社:文藝春秋(文春新書) 2012年7月刊 \840(税込) 214P
マンガ家の西原理恵子(以下、「サイバラ」と略称)が、さまざまな人生相談に答えながら、現代を生き抜く智恵を授ける一書である。
サイバラは、不幸のデパートのような人生を送ってきた。
まわりが貧乏人ばかりの環境で育ち、本人も貧乏ぐらしを経験した。
アルコール依存症の実父は早くに死亡し、母の再婚相手はギャンブルぐるいの果てに、サイバラが美大を受験する前日に自殺してしまう。
高校中退のあと、なんとか武蔵野美術大学に入るが、絵の才能の無さに愕然とする。
ミニスカパブでホステスのアルバイトをしながらエロ雑誌にカットを描くバイトで、ともかくも「絵」で生活しはじめる。
チャンスをつかみ、マンガ家として売れ始めるも、取材で出会ったギャンブルやFX投資に収入を注ぎ込む。
フォトジャーナリストと結婚し、2児をもうけるが、夫のアルコール依存症のため離婚を余儀なくされる。
離婚後も元夫をサポートして、やっとアルコール依存症を克服するが、元夫は癌に冒されていて、1年もたたずに死亡。
現在は、1億4千万円の借金を抱えながら、貪欲な創作活動を続けている。
こんなサイバラが人生相談の回答者になるのだから、ふつうの人生相談回答のようにタテマエだらけでおもしろくない回答はしない。実用的で、しかも「そうきたか!」という意外性のある回答を繰り出してくる。
苦労人のサイバラだから、苦労しすぎて、少しヒネちゃったサイバラだからこそ、ズバッと割り切っている。
切れ味するどい回答ななかから、いくつか実例を紹介しよう。
実例その1。
48歳、自営業男性の「いつまでたっても親と仲よくできません」という相談。
中学時代に親と口をきかなくなったまま大学入学で親元を離れ、その後社会人になってもほとんど帰省しなかった。いまとなっては、たまに実家に帰っても会話もすれ違い、いい年なのにキレそうになる、とのこと。
サイバラの回答は、「まるで私と母親の関係みたいですね」という共感からはじまる。母の性格がキライ、という実例をいくつもならべたあと、「仲よくできないものはしょうがない」と早々に結論を出す。
そうはいっても、そろそろ介護のことも考えなきゃ、と考えるかもしれないが、介護はお金で解決しなきゃいけない。素人が頑張るな、とも。
サイバラの経験からすると、
「一番大事なのは、家族と仕事でしょう。私、その家族に親は入ってないから。邪魔なものは親でも何でも捨てちゃわないと、自分が難破しちゃうから」
という判断になる。
サイバラの夫がアルコール依存症になったときも、「これ捨てないとダメだ」と離婚にふみきった実体験を示し、最後に、「親子仲よくなくてヨシ」と締めた。
実例その2。
30歳、自由業女性からの「妻子ある人との関係をやめるべきか」という相談。
もちろんサイバラは、「不倫なんかやめて他にいい人を探しなさい」なんていう常識的な回答はしない。
たまに会ってデートするだけの拘束しない相手って楽だから、別にやめる必要はないと思う、とまず肯定する。
でも、相手が妻子と別れるつもりがないのなら、こっちも相手の男一人にしぼらないほうがいい。
携帯電話を2〜3台使い分ける感覚で、他に恋人を確保しておきなさい。妻子ある男性は、最初から二股かけてるんだから、こっちだって二股、三股かけても構わない。それがフェアというもんだ。
実例その3。
27歳、食品業男性からの「別れた彼女の部屋に置いてあった荷物を全部捨てられた」という相談。
腕時計とかゲーム機とか、そこそこ値段の張るものは返してほしかったのに、その後、着信拒否にされて連絡もできない、と相談者はグチる。
サイバラは男でも女でも、グチグチ言う人間が大っきらいだから、なぐさめたりしない。
「よかったじゃないですか、物を捨てられたぐらいで済んで」と、もっと悲惨な別れ方をした男女の実例をいくつも挙げてみせる。
そして、「だいたい女は別れた男の痕跡は消すものです」とサイバラの経験から導きだした真実をズバッと繰り出す。
そもそも、そんなにグチグチ小さいこと言うから別れることになったんじゃないの?
「まあ、こういうのはすごい勉強になるから、何回も失敗しておくべきです」と励まし、「傷は浅いぞ、よかったよかった」と締めた。
この回答を読んでいて、3年前に読んだ『うまくいかないのが恋』(高樹のぶ子著、2008年11月幻冬舎刊)を思い出した。
高樹のぶ子も、次のように言っていた。
男の恋はインターネットを例にすれば、「名前をつけて保存」。女性の場合は「上書き保存」
男性は、一つひとつの恋愛を別のフォルダに残して大事にしますが、女性は、今までのものを全部消去して上書きします。今はこれがすべてと。
サイバラも高樹のぶ子も、女流作家の人間観察は、同じ結論に達するようだ。
恋の経験が少ないおじさんとしては、ちと怖い……。
以上、実例を3つだけ紹介させていただいたが、これだけズバッと回答されると、質問者もびっくりするだろう。
「いくらなんでも、そこまで開きなおるのは……」と躊躇しているうちに、はじめの相談なんかどうでもよくなっている自分に気づくに違いない。
明石家さんまのセリフではないが、「人生、生きてるだけで丸もうけ!」という気分になってくるから不思議だ。
腹の据わったアネゴのお説教。
一読の価値あり、です。
参考レビュー
西原理恵子著『毎日かあさん カニ母編』 ⇒ http://d.hatena.ne.jp/pyon3/20041104
西原理恵子著『毎日かあさん2 お入学編』 ⇒ http://d.hatena.ne.jp/pyon3/20050728
西原理恵子著『上京ものがたり』 ⇒ http://d.hatena.ne.jp/pyon3/20051021
西原理恵子著『ああ娘』 ⇒ http://d.hatena.ne.jp/pyon3/2007053020080128
西原理恵子著『いけちゃんとぼく』 ⇒ http://d.hatena.ne.jp/pyon3/20090322
西原理恵子著『この世でいちばん大事な「カネ」の話』 ⇒ http://d.hatena.ne.jp/pyon3/
西原理恵子著『毎日かあさん 7ぐるぐるマニ車編』 ⇒ http://d.hatena.ne.jp/pyon3/20110804