災害ボランティアに行ってきました(1)


災害ボランティアに行ってきました。
帰ってから1週間経ちましたが、まだドタバタしていて落ち着いてパソコンに向かうことができません。
取り急ぎ、帰着報告「その1」をアップさせていただきます。



災害ボランティアへ応募


出発前のブログにも書きましたが、災害ボランティアの人数が少なくなった今こそ、僕も何か応援したいと考えていました。


知り合いの方に、どこか信頼できるボランティアセンターはないか相談していたところ、「かながわ東日本大震災ボランティアセンター」のウェブページを教えていただきました。


私は腰痛の持病があるので、瓦礫処理や清掃活動のボランティアには参加できませんが、このサイトにはいろいろな種類のボランティアが載っています。


そのうち、岩手被災地支援「カフェ隊ボランティア」という、私にもできそうなボランティアを見つけました。


「カフェ隊ボランティア」の説明には、つぎのように書いてあります。

  遠野まごころネットのカフェ隊とともに活動していただき、
  大槌町・大船渡市の仮設住宅でカフェ(お茶会)やタッピン
  グ・タッチ※を行い、住民同士の交流、新しいコミュニティー
  形成のきっかけ作りを促します。

  ※タッピング・タッチとは
   タッピング・タッチとは、指先の腹のところを使って、軽く
   弾ませるように左右交互に優しくたたくことを基本としたホ
   リスティック(統合的)でシンプルなケアの技法です。
   こころと体の緊張をほぐし、心身ともに健康であろうとする
   内なる力に働きかけ、本来の明るさや優しさを取り戻すこと
   によって、みんなで仲良く生活することの楽しさを思い出さ
   せてくれます。


タッピング・タッチの効果はよく分かりませんが、カフェ(お茶会)でリラックスする場を提供する、という内容に惹かれました。


さっそく、
  【岩手47便】11/27(日)21:00出発〜12/02(金)23:00帰着予定
  <行き車中泊 遠野市4泊>
に応募したところ、先着順で採用されました。


(ボランティアの詳しい内容は、こちら

出発までの準備


まず、横浜から遠野市までのバス代(往復で6千円は安い!)を、指定口座に振り込みます。


続いて、参加必須条件のボランティア活動保険への加入手続きに、地元の社会福祉協議会に出向きます。保険料720円の「天災B」タイプに加入しました。


参考:全国社会福祉協議会『ボランティア活動保険』パンフレット(PDFファイル)


あとは、着替え、防寒具、念のため長靴などの荷物を準備して出発当日に備えます。

横浜駅から出発!


11月27日(日)20:00からのかながわ東日本大震災ボランティアセンター説明会に出席。
カフェ隊のほか、瓦礫片づけなどの一般ボランティアを含め、総勢約30名が集まっていました。
現地での食費(4日間×3食で4,240円は安い!)を支払い、ひととおり説明を受けて、大型バスに乗車。


21時に横浜駅を出発しました。

遠野市に到着

バスの中で全員で簡単な自己紹介をしました。
半分以上の方がリピーターで、中には22回目という方も!(◎_◎;)


途中、佐野インター、安達太良SA、前沢SAでトイレ休憩を取りながら、ひたすら東北道を北上します。
11月28日(月)朝6:30に、今回の宿舎「かながわ金太郎ハウス」に到着しました。


「かながわ金太郎ハウス」は、遠野浄化センター内に建てられたプレハブの宿舎です。「ボランティアは“気は優しくて力持ち”であって欲しい」というのが命名理由とうかがいました。


かながわ金太郎ハウス

初日の活動は、被災地の見学


持参した朝食を食べたあと、さっそく初日の活動に出発です。


月曜日は、受け入れ先のボランティアセンターがお休みなので、被災地の見学用にマイクロバスを出していただきました。
この日は、陸前高田市と大船渡市の被災地を通り、翌日からの活動では釜石市大槌町の被災地を何度も往き来しました。


遠野市は沿岸部から約50キロ離れています。横浜と小田原くらいの距離です。


海岸が近づいてくると、それまで普通の民家が並んでいた景色が、突然破壊された家屋だらけになりました。
壁が破れている家、一階が柱だけになった二階建て家屋、4階までの窓ガラスがなくなった5階建ての団地……。
家が残らず流されてしまい、土台だけ並んでいる一角もありましたし、(翌日通った)大槌小学校のように、二階まで津波に浸かり、三階から黒焦げになっているところもありました。津波のあと火事が起こったそうです。
墓石がなぎ倒された墓地もありました。


重機があちこちでエンジン音をあげていましたが、まだまだ片付けが終わったとは言えない状態です。


「ボランティアは観光ではありません。被災者の心情を考慮して、むやみに写真撮影はしないでください」との事前説明がありました。
途中、陸前高田市が一望できる展望台で「ここは写真撮影してもいいですよ」と言われましたが、とても撮影できる心境になれず、1枚も被災地写真は撮影していません。


代わりに、お弁当の写真ばかり撮っていたので、私のツイッター食べログのようになってしまいました。(^_^;)


(……つづく)