折れない心の作り方


著者:齋藤 孝  出版社:文藝春秋  2008年8月刊  \1,365(税込)  239P


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私がポッドキャスティングで聞いている番組のひとつに、「安住紳一郎の日曜天国」という番組があります。


「心が折れそうになる」という言葉は、この番組の中で初めて耳にしました。


安住アナは、かつて「ジャスト」という番組の最終回で泣き出したり、「金スマ」で「番組を下りる」と泣いてしまったり、カメラの前で心の屈折を表に出してしまう人です。
その安住アナが「心が折れそうになる」と表現するのを聞き、「いろいろ、辛いんだろうなぁ」と思ったものです。


てっきり、安住アナの造語かと思っていたので、本書のタイトルを見てちょっとびっくり。言葉の専門家の齋藤先生まで使っているんだぁ……。
齋藤先生の記憶では、この言葉は格闘技の世界で使われはじめ、やがて一般化していったようです。


齋藤先生の分析によると、今の日本は「他者からの承認を渇望するムードが蔓延している」社会です。他の人に自分の存在を肯定してもらいたいという欲求にあふれている、というのです。


この問題に真正面からぶつかった本を、私の読書ノートでも取りあげたことがあります。
一冊は、水谷修さんが「生きてくれさえすれば、それでいいんだよ」と語りかけてくれる『夜回り先生』。もう一冊は、「愛される人から愛する人になること」を提案する上田紀行さんの『かけがえのない人間』です。


教育学者の視点で人生と人間関係を分析し、齋藤先生は、本書のプロローグで早くもこの問題の解決策を提示しました。


それは、
 1 「縁」を大事にする
 2 人と深く交わる
 3 アイデンティティの根を張る
の三つです。


この三つを実現すれば、小刻みに他者からの承認を求める必要がなくなり、安定した自己を築くことができる。そうすれば簡単に心が折れたりしなくなる。そのための具体的方法を「技(わざ)」として示してくれるのが本書です。


他者を受け入れ、くんずほぐれつの人間関係、裸の付き合いに飛び込み、共通項を持つ人との付き合いを大切にする、等、齋藤先生の提案は納得するものばかりです。
詳しい内容は本書をお読みいただくとして、印象に残ったエピソードをいくつか紹介します。


一つ目のエピソードは、齋藤先生の大学のゼミでのできごと。
いまの学生は人との距離を縮めようとする努力が足りない、と日ごろから感じている齋藤先生は、あるとき、ゼミの飲み会の集まりが悪い理由を直接学生に確かめてみました。
話を聞いた学生に共通していたのは、(1)バイトが休めない、(2)飲み会は好きじゃない、(3)毎日ミクシィをやっている、というものでした。


齋藤センセ、思わず学生に説教します。
  バイトというのは、基本的に自分の都合で休めるからバイトなんだ。
  正社員じゃないんだから、休めないというのはおかしい。
  その日ぐらい休めよ。
また、「大学生なのだから、大学における人間関係というものこそ最優先させるべきである。自分から関わっていこうとしなければ、関係は深まらない」と解説したあと、新聞のコラムに書いた自分の言葉を引用します。

  「とにかく、場にからだを持ってきたまえ。そこから何かが始まる」


いやぁ、齋藤センセ、熱いっス。



もう一つはイチロー選手の習慣について。
イチロー選手がバッターボックスに立つとき、必ずユニフォームの肩の部分をつまむしぐさをします。バッターボックスに立ったときだけでなく、イチロー選手は準備運動の種類や順番も決めた通りに実行することが良く知られています。
齋藤先生が本書で感嘆しているのは、生活のリズムや食事のメニューまで一定のルーティンに仕上げていることです。


睡眠時間は7時間から8時間で、昼12時頃に朝昼兼用の食事をとります。自宅にいるときは、いつも奥さんの作るカレーライスを食べ、遠征先でも決まったお店にしか行きません。
シアトルで球場に向かう車の中で聞く曲も、いつも同じ。


食事も音楽も、同じものを繰り返しても飽きない。むしろ、同じものでなければリズムが乱されてしまうとのこと。


イチロー選手と同じように、心が乱されないようにするためには、むしろ心でないもので支えたほうがいい。心以外のもので一貫性のあるものに支えられていることで、安定感、安心感を保つことができる。
そう結論する齋藤先生でした。


なかなか濃厚な一書です。
ただ、読みおわるとお腹いっぱいになってしまいました。


本を読んだあと、よく著者に会いたくなることがあります。
(先日も、ゴールデンウィーク『繁盛したければ、一等地を借りるな!』著者の清水さんに会いに出かけてきました。詳しくは5月4日のブログをご覧下さい


でも、齋藤先生の本を読んでも、会いたくなりません。
むしろ、なるべく会わないようにしようと考えてしまいます。


だって、話が“くどい”ような気がするんだもん。


齋藤センセの本は、一冊の本の中で一つのテーマを「これでもか」というほど深掘りしています。教育者としての習性なのでしょうか。相手が身につけるまで何度でも言い続ける。


まるで、「オレの言うことを聞け〜! ぜんぶオレの言うとおりにしろ〜!」と叫んでいるように感じます。


これを目の前で実行されたら、きっと閉口します。まさか本人に「もう分かったから!」と言うわけにもいきません。


やはり、著作を通じてお付きあいするのがちょうどよい距離でしょう。