モンスター・ペイシェント


副題:崩壊する医療現場
著者:南俊秀  出版社:角川SSC新書  2008年11月刊  \819(税込)  185P


モンスターペイシェント―崩壊する医療現場 (角川SSC新書)    購入する際は、こちらから


信じられないような自己中心的な文句を学校に言ってくる保護者のことをモンスターペアレントと言い、近年、社会問題になっています。
モンスター・ペイシェントも同じく和製英語で、病院に信じられない文句を言う患者をさしています。暴力をふるうことも珍しくない「怪物患者」です。本書ではじめて知った言葉ですが、決して著者の南さんの造語ではなく、去年あたりから使われていたようです。

本書で知ったモンスター・ペイシェントの行動は、民間企業におしかける「クレーマー」の上をいく理不尽さでした。
文句をいいはじめるきっかけは様々ですが、怒りはじめると止まるところを知りません。
「オマエが責任者か!」と怒鳴るのは序の口で、罵詈雑言であきたらず、「これから3日以内に、こいつの家族を皆殺しにする」と脅迫するような実例も本書に書かれています。


この威圧系モンスターのほか、強要系モンスター、何でも権利派モンスター、不満大王系モンスターなど、手に負えないモンスターの実態は、本の向こう側で起こっているかぎり、珍しい生態を持つ生き物のようです。


でも、当事者はたまったものじゃありません。
南さんは、モンスターが個室のドアを閉めようとしたとき、「閉めるな」と大声を出したこともあります。
いざとなったらテーブルを蹴り倒して、そのすきに逃げ出すルートを確保しておかなければ、こちらの命にかかわるのです。


かなり強烈なモンスターの実態を1章で述べたあと、本書は医療が荒廃していく状況を克明にレポートしていきます。
医者に厳しすぎる裁判結果のせいで、生死にかかわる診療科の医師が不足するようりなったこと、セカンド・オピニオンやインフォームド・コンセントのまやかし。
第4章「医療費亡国論のウソ」では厚生労働省財務相のウソを告発し、第6章では、アメリカの年次改革要望書が医療機器メーカー、医薬品メーカーの利益を擁護していることにまで言及しています。


モンスター・ペイシェントの問題だけでなく、医療の現場から見た問題分析という大きな視点に立つ南さんです。


多くのモンスター・ペイシェントと接してきた経験から、南さんは「モンスターは新・貧困層なのでは」という印象をもっています。経済的に余裕があればクレーマーのレベルでとどまるところが、生存が脅かされて守るものをなくすと、威圧的・暴力的なモンスターに変身すると考えられるのです。


もちろん、「患者さん」から「患者様」と呼ぶようになった病院の姿勢が一部の患者をいばらせてしまった面もあるのでしょうが、貧困こそがモンスターを誕生させる土壌になりました。


もし、健康保険の民営化のように、貧困層が病院に行きにくいような政策をとれば、モンスターたちは病院の中に入ってこなくなるでしょう。
しかし、そうすれば今度は、病気の子どもに治療を受けさせられないような人が増え、犯罪が増えて日常生活の安全がますます保てなくなります。


弱者を切りすてるような政策は、やってはいけないのです。


では、どうしたらいいのか。


直接的な対策として、モンスター・ペイシェントを一斉告発する。根本的な対策は、なんといっても貧困層をなくすことですが、南さんは医療制度のあり方について提言しています。
印象的だったのは、対GDP比でみた日本の医療費は決して高くない、ということです。
やみくもに医療費を抑制するのではなく、もう少し医療費を上げて先進国にふさわしい医療を実現するのも選択肢のひとつなのです。


厚生労働省は、医療費を抑制するために医師の数を減らす、という信じられない政策を進めてきました。
そんなピント外れなお役人に聞かせたい内容です。