モンゴル帝国と長いその後


著者:杉山 正明  出版社:講談社  2008年2月刊  \2,415(税込)  358P


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古くから栄えていたインカ文明やアステカ文明が、コロンブスアメリカ大陸を「発見」することによって歴史上に現れたような歴史観は、あきらかに間違っている。
15世紀末に西欧が海洋進出する200年も前に、モンゴル帝国が世界ではじめてのグローバルな世界を作っていたんですよ、と新しい歴史観を教えてくれる一書です。


著者の杉山さんによれば、チンギス・カンにはじまるモンゴル帝国は、アジアから北アフリカ、西ヨーロッパまでの広大な地域を含む広大な地域で構成されていました。
それは、他民族・多言語・多宗教の人々を包含する世界史上はじめての存在で、歴史はここで大きく旋回したのです。


モンゴル世界帝国で総合・整備された国家システムは、ユーラシアに共通するスタンダードとなりました。


たとえば、中央にチンギス・カンが陣取り、西に3人の息子がそれぞれ4つの千人隊を率いる。東に3人の弟が合計12の千人隊を受け持たせる。この軍事システムが「原像」となり、ユーラシアの東西に広がっていきました。


モンゴル帝国はモンゴル地方の「大元ウルス」、天山山脈を中心とした「チャガタイウルス」、現在のパキスタン・イラン・トルコまでの地域にまたがる「フレグウルス」、カスピ海から北の「ジョチ・ウルス」などの複数の国家(ウルス)による世界連邦となり、ゆるやかにユーラシアをまとめあげました。
チンギス・カンの直系の系統は1388年に途絶えますが、その後も多くの振興帝国で、チンギス・カンの系統であることが正統の証明となる時代が続きました。


たとえば、ティムール帝国の始祖はモンゴル貴族の子孫でしたが、権力を手中に収めたあと、チャガタイ家の血を引く王女を第一夫人とし、自身はチンギス・カンの系統からすれば“婿殿”の位置をキープしました。


このチンギス・カンの血統を重んじる姿勢は、あとに続いたムガール帝国でも継承されました。


そのほか、モンゴルの国家システムとチンギスの血統は、ロシア帝国オスマン帝国、サファヴィー帝国、ティムール帝国ムガル帝国明帝国、ダイチン・グルン帝国(清)に直接・間接にひきつがれていきました。


杉山さんは、世界ではじめての統合国家となったモンゴルを「ランド・パワー」と呼び、西欧諸国が「シー・パワー」であることと対比させます。


西欧中心主義の歴史観に反対する心情を、最後に杉山さんは次のように述べています。

   歴史は、死んでしまった過去の物語ではない。わたくしたちが生きて
  いる「いま」に、すべてがすびつく人類の歩みの道のりである。「いま」
  を知り、理解するには、きちんとした歴史を総合的に知るほかはない。
  すなわち、よりよく「いま」を生きるために、歴史は不可欠である。

  「帝国」なるものは、あきらかに今もユーラシアに生きつづけている。
  それによるパワー・ゲームも歴然として存在する。ところが、現存する
  「帝国」がもしゆらぎ、あるいはさらに瓦解するならば、その反動もお
  そろしい。そうした「帝国」が、みずからの崩壊による恐怖をもって世
  界を脅迫することも十分にありえる。

   わたくしたちの「この時代」も、いぜんとして所詮は、ひとつの通過
  点にすぎない。世界の枠組みはすでに定まったとするのは、性急にすぎ
  るだろう。とりわけ、広くアジアなるものはまだ到底、定まってなどい
  ない。ましてや、アフリカはどうなのか。その悲惨な現状は、とくにヨー
  ロッパにこそ、責任の多くがまぎれもなくある。きちんとした世界史の
  理解のうえで、現在はもとより、「これから」をはからざるをえない。
  そういう「時」の突端に、わたくしたちは生きている。


そういえば、西洋的価値観に異を唱える本を2年前にも取り上げました。


本書と一緒に読むと、かなり世界観が変わりますよ。きっと。