著者:斎藤美奈子 出版社:平凡社 2004年11月刊 \1,680(税込) 334P
先日、また文章読本を読みました。
林 望さんの『リンボウ先生の文章術教室』です。
自分のことを「リンボウ先生」と自称するだけあって、大作家のような口ぶりで文章術を指南しておられます。
エラそうにふるまうのが苦手なのでわざと大御所風を吹かせているのか、それとも本当に大家なのかわかりませんでしたが、印象に残った教えをひとつだけ挙げるとすれば、「悪口は書くな」ということでした。
テーマを選ぶにあたって、できるだけ自分の好きなこと、あるいはよいこと、何かを褒めることを取り上げなさい。あいつはイヤだ、これは気に入らないというようなことを書くと人を中傷した文章になるのでおやめなさい。――という、とてもありがたいお教えです。
ところが、今日の一冊『物は言いよう』の内容は、読み方によっては、最初から最後まで悪口のかたまりです。もし斎藤美奈子さんがリンボウ先生の文章教室に通っていたら、間違いなく教室で大げんかがはじまっていたことでしょう。
斎藤さんが本書で誰の悪口を書いているかというと、平気でセクハラ発言をする人たちを糾弾しているのです。
戦前の家父長制度が廃止されて60年、男女雇用機会均等法が改正されて7年たつというのに、「女は女らしく」とか「女は家にいろ」などと古い価値観を押しつけてくる人が後を絶ちません。そういう人の「女はだまっとれ」発言に黙って従っていたのでは、いつまでたっても一人ひとりの意識は変わりません。
リンボウ先生のように慎み深い上品なふるまいをしている場合ではないのです。
本書には、これでもか、というほどセクハラもどき発言が載っていて、よくこんなに探したなあー、と感心させられます。
それもそのはず。なにしろ著者は、大量の文書を読み解く名人なのですから。
本ブログ6月8日号でとりあげた『冠婚葬祭のひみつ』でも、ふつうなら面白くもなんともない「冠婚葬祭」本の山の中から抱腹絶倒の文化を紹介してくれました。
本書でも、著者の発掘力は存分に発揮されています。
取り上げられた事例の中には、解読が難しいものもありました。
オジさん意識丸出しの政治家の発言は分かりやすいのですが、ときどき、
「ん? どうしてこの言い方がいけないの?」
と考え込んでしまうほど、巧妙な物言いが出現します。
そこで、本書では、FC(フェミコード)という基準を発明し、誰でも気がつく難易度「★」から、説明してもらわないと分からない難易度「★★★」まで問題発言のランク分けをしています。
難易度「★★★」の解説を読むと、ちょっとした“眼からウロコ”ですよ。
本書は、次のような方にお薦めです。
○ ふだんから女性差別にイヤな思いをしている女性
徹底的に女性差別発言を追い詰めていますので、きっと胸がスーッと
しますよ。
○ 女性相手にもっともっと気配りしたい男性
著者は「実用書に近づけよう」という方針で連載を整理しました。
知らず知らずのうちに口にしている言葉が、どれほど女性にイヤな
思いをさせているか、とても分かりやすく解説しています。
○ 相手を痛罵する楽しさを味わいたい人(男性、女性とも)
リンボウ先生の「悪口は書くな」は正論ですが、斎藤さんは、もう
「悪口」を超えて「芸術」の域に達し、鑑賞に値するすばらしい作品
に仕上がっています。
凡人の私たちは、読んで賞賛するしかありません。
最後に、ひとつだけさわりをご紹介します。
全部で60個ある「心得」のなかでも、最高だったのが【心得二三】です。思わず「お見事!」と心の中で叫んでしまいました。
【心得二三】のお題は「国際姑の場ふさがり」です。
「日本では」「西洋では」など、やたら「ではではでは」を連発する人を昔の人は「出羽の守」と呼んだそうです。
女性の「出羽の守」を著者は「出羽おば」と命名し、出羽おば界の女王としてマークス寿子(としこ)さんを引き合いに出しました。
マークス寿子氏は英国の貴族と結婚し「男爵夫人」の称号を得たあと、9年後に離婚。そのまま「マークス」姓を名乗り、現在は日本の私立大学教授として、日英を往復しながら日本を叱咤する本を出版しておられます。
斎藤美奈子さんは、マークス寿子氏の『とんでもない母親と情ない男の国日本』の中から次の一節を発掘し、難易度★★★にランク付けしました。
日本では、専業主婦または妻の立場というのが、子どもだけではな
くて、夫にも結びついていることが多い。夫が会社の社長なら自分
も偉い、あるいは子どもがいい仕事につけば母親の自分も偉くなっ
たと思うところがあり、これが女性の意識を古いままにしている大
きな要因であることをあらためて指摘しておきたい。
この、いかにも「出羽おば」発言を、斎藤さんは、次のように一刀両断しています。
「日本では」妻が夫の地位に従属していると批判するなら、あなた
ご自身は? という話である。離婚した元夫の名前(地位)をあな
たは利用なさっていないのか。ま、人生、すべからく、このくらい
厚顔に行きたいものだ。
たった百字で、こんなに切れ味鋭い太刀をふるうとは……。
やはり斎藤さんの“こき下ろし”文は、芸術品ですね。