I LOVEモーツァルト


著者:石田衣良+「熱狂の日」音楽祭  出版社:幻冬舎  2006年3月刊  \1,300(税込)  134P


I LOVE モーツァルト



今年はモーツァルト生誕250年に当たり、テレビでもいろいろな特集番組が組まれています。
もう終わってしまいましたが、ゴールデンウィークには、東京国際フォーラムの全体を使って、あっちでもこっちでも朝から晩までモーツァルト作品の演奏会を行う「熱狂の日」というイベントがありました。
のべ69万5千人がこのモーツァルト漬けの“熱狂”に参加したそうで、きっと夢のような毎日だったのでしょう。
本書は、この「熱狂の日」を前にして、作家の石田衣良氏がモーツァルトの魅力を語り下ろした「モーツァルト大好き」本で、CDも付いてます。


本書の付録CDには、著者が選んだ次のような曲が収められています。
  1 ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466 第2楽章
  2 ディヴェルティメント ヘ長調 K.138 第1楽章
  3 クラリネット協奏曲 イ長調 K.622 第3楽章
  4 交響曲第40番 ト短調 K.550 第1楽章
  5 交響曲第25番 ト短調 K.183 第1楽章
  6 弦楽五重奏曲第3番 ハ長調 K.515 第1楽章
  7 ピアノ・ソナタ第10番 ハ長調 K.330 第1楽章
  8 弦楽四重奏曲第19番 ハ長調「不協和音」 K.465 第1楽章
  9 ヴァイオリン・ソナタ第28番 ホ短調 K.304 第1楽章
  10 歌劇「魔笛」 K.620より “夜の女王のアリア”
私は10曲中3曲しか知らないので、まだまだ初心者のようですね。


著者がクラシック音楽を聴くようになったのは、20代の終わりです。けっして、子どもの頃からクラシックに親しんでいたわけではありません。
1980年代の終わり、著者がよく聴いていたポップ・ミュージックがつまらなくなりました。
どのポップ音楽もプロデューサーが作ったトラックに歌手の顔だけすげ替えた歌をどんどん量産する“産業音楽”になってしまった、と感じたのです。


たまたま聴いたグレン・グールド(ピアニスト)の弾くバッハの「ゴルトベルク変奏曲」に衝撃を受け、著者はクラシックの魅力に撃たれてしまいました。きっと「音楽を聴く耳」ができていたので、クラシックの良さが分かったのだろう、と石田氏は分析しています。
それからは、毎週のようにバスケットいっぱいのCDを買っては聴く、という生活がしばらく続き、だんだんグールドやバッハ以外の曲にも興味が広がっていきました。とうとう、長男が生まれて、病院から自宅に迎えるときの音楽はモーツァルト以外に考えられない、という筋金入りのクラシックファンになりました。


「わからないものを少しずつ覚えながら自分でいいものを探していくのはとても楽しいことだ。ああいう楽しいことが数年に1回あったらとても幸せだろう」と述懐する著者は、とても幸せそうです。


音楽評論家としては素人でも、石田氏は言葉のプロです。そして、著者にとって音楽は、長編小説のヒントを得たり、作品のトーンを一定させてくれるもので、創作上も欠かせない存在です。
そんな著者が、モーツァルトの音楽の特徴、生涯、代表的作品について、愛情をもって解説してくれています。モーツァルトの作品に必ず付いているケッヘル番号(K.○○○)の由来をやさしく解説する箇所もありました。
本書に登場するモーツァルトは、いままで読んだモーツァルトの評論とは違う発見がありましたよ。


熱狂の日」は、もう終わってしまいましたが、本書は決してイベントを盛り上げるためだけの本ではありません。
クラシックファンでない人にも、モーツァルトをきっかけに聴きはじめてみませんか。クラシック音楽もいいものですよ、と誘ってくれる本でした。
クラシック音楽に興味はあるけど、なんだか近寄りにくい、という方にお薦めです。


ちょっとだけ、私のモーツァルト体験を書かせていただきます。


いちばん最初にモーツァルトを聞いたのは、たぶん、ラジオから聞こえてきた「トルコ行進曲」です。
自分で買ったはじめてのモーツァルトのレコードは、ブルーノ・ワルター指揮のベートーベン「運命」のB面に入っていた交響曲題41番「ジュピター」でした。


「ジュピター」第4楽章を聴いていると、ひとつか二つの旋律がからみ合っているのを追っているうちに、知らないうちに曲の終わりに達していました。「フーガ」という手法の名前を知る前のことです。
この曲の織りなす不思議な構造をなんとか把握してやろうと、レコードを何回もかけながら、楽譜もどきの図をわら半紙いっぱいに書いたことも懐かしい思い出です。(中学校1年生だったかなあ)
30歳を過ぎて総譜(スコア)を買い、目で追いながら聴いてみましたが、やはり、あの複雑な構造は素人にはよく分かりませんでした。


理解するより、味わって聴くほうが大切ですね。