失踪日記


著者:吾妻ひでお  出版社:イ−スト・プレス  2005年3月刊  \1,197(税込)  199P


失踪日記


かつて人気漫画家だった著者が、連載から逃げたのをきっかけに経験したホームレス生活とアルコール中毒治療病院の生活を描いた本。もちろん漫画です。


著者の丸っこい絵を読んだことのある男性読者は多いと思います。最近のマンガ雑誌で見かけなくなった「かつての人気作家」はたくさんいますが、ホームレス生活を経験しているのは、たぶん著者くらいでしょう。
この“貴重な経験”を語るにあたり、吾妻ひでおは、
   「この漫画は人生をポジティブに見つめ、
    なるべくリアリズムを排除して描いています。
    リアルだと描くの辛いし暗くなるからね」
と断りを入れています。
そりゃ、リアルすぎると読むのもつらくなっちゃいますよね。


著者の配慮のおかげで、悲惨な生活の状況を読みながら、安心して笑えます。
食べ物の確保のしかた、金がなくてもやめられないタバコ、放浪先で出会ったヘンな人たち、etc.
でも、巻末対談によると、冬の野宿は本当に寒く、関節の軟骨が縮んでバキバキ音をたててすごく痛くなりました。ローレンス・サンダースの小説に出てくるように、これは凍死寸前の兆候だそうです。
壮絶な体験をギャグにしてしまう、というのは、並の神経でできることじゃありません。


アルコール中毒の話も、本当は笑い事じゃありません。
以前紹介した『夜回り先生』(2005年5月12日のブログ参照)に「せりがや病院」という県立の精神医療センターが出てきます。ここは薬物依存症やアルコール依存症を治療する病院なのですが、私も入院患者のお見舞いに訪ねたことがあります。入院していたのは同行した知り合いの友人で、まだ治療が開始されたばかり。目の前でさめざめと泣かれ、返す言葉もなかったことを思い出します。


さすが吾妻ひでお。この悲惨な体験も、しっかりギャグにしてくれています。
巻末対談で、とり・みき氏がこの作品を褒めている次の言葉に納得です。
   「こういうデフォルメされていて、
    でも何を書いているかはっきりわかって、
    しかもまるっこくてかわいい、それでいて
    ちょっと心理的不安まで表現されてるような
    タッチのある絵を描ける人って、
    あんまりいないと思うんです」
ご一読あれ。


本の内容と関係ありませんが、それにしても、どうして1140円というハンパな価格なんでしょうか。税込み価格が1197円ですから、イチキュッパを意識したのかなぁ。
謎です。