副題:「理想の企業」を揺るがした1億ドルの暗闘
2004年1月刊 著者:ピーター・バローズ【著】 瑞穂 のりこ【訳】
出版社:PHP研究所 \1,680(税込) 351P
HPが壊れた! という物騒な日本版のタイトルは、
「外部からやってきた新任CEOがHPの古き良き伝統を
破壊してしまった」
という著者の嘆きを凝縮したものです。(原著名は「backfire」)
スタンフォード大学の同窓だったヒューレットとパッカードが1938年に医療実験機器の設計をスタートしたのがHP社の淵源です。
HPの良き伝統とは、
「労働者に敬意を払い、自主性を認めれば、
画期的な製品が生まれ、
それが社会に貢献し、
同時に大きな利益をもたらす」
という理念で、後にHPウェイと呼ばれました。
HPはこの理念を証明するように、実際に(主に測定計器の分野で)今までに無かった製品を次々と開発し、それによって高い利益率を確保し続けました。また、同時に従業員の福祉や地域の発展に貢献することを当然のように実行したのです。
コンピュータに進出した後もプリンタ事業というドル箱に支えられ、1958年から98年の間に平均で年率20.2%の驚異的ペースで成長を続けました。しかし、1990年代も後半に入ると、さすがに業績目標を達成できない決算期が続くようになりました。HPも普通の会社のように減速期に入ってしまうのか。利益が大幅に落ち込み、CEOが交替し、大量レイオフが行われ、才能が流出し……、という悪循環に入ってしまうのか。
投資家が注目するなか、AT&T社の子会社の社長をつとめていたカーリー・フィオリーナが外部から招かれ、満を持してCEOに就任しました。フィオリーナは、マーケティングとセールスを重視した新戦略で改革を起こし、短期的に成功したように見えました。……が、再び業績は低迷します。新CEOが取った起死回生の策がコンパックとの合併です。
本書は、この合併をめぐって、創業者一家の嫡子であるウォルター・ヒューレットと新CEOとの応酬を追ったノンフィクションです。
ノンフィクションの宿命として、読者は勝敗の結果を既に知っています。IT業界の人ならご存知と思いますが、株主委任状争奪戦や法廷闘争を経て、最終的にHPとコンパックとの合併は成立しました。そして、HPの古き良き伝統「HPウェイ」は失われてしまったのだ、と著者は慨嘆します。
本書は次のように締めくくられます。
「従来のHPウェイは尊敬に値するアプローチだった。
(中略)だが、これが限界だったのかもしれない。
ほんとうに時を越える価値など、どこにもないのかもしれない」
筆者は1993年以来記者を務めるビジネス・ウィーク誌でHPを担当してきました。記事の中で新CEOを誌面で批判したことでもあったのでしょうか。本書の執筆に際し、カーリー・フィオリーナにインタビューを申し知れましたが、断られています。
それでも、CEOに就任するまでの経歴や経営手法に多くのページを割き、生い立ちや学生生活に関して知人・友人・前夫にまでインタビューしています。
人物描写に優れ、ビジネス小説として読んでも充分楽しめる一書でした。