大阪100円生活―バイトくん通信


2005年6月刊  著者:いしいひさいち  出版社:講談社  \1,000(税込)  175P


大阪100円生活?バイトくん通信


いしいひさいち氏といえば、天下の朝日新聞朝刊に「ののちゃん」を連載する押しも押されもせぬ4こま漫画の大御所です。その著者が、漫画家生活の出発点となった「バイトくん」の新作を(たぶん)30年ぶりに発表しました。産経新聞夕刊大阪版、他への連載を一冊にまとめたのがこの本です。


いしいひさいちファンはご存知と思いますが、「oh! バイトくん」という「日刊アルバイト情報」に連載していた貧乏学生が主人公の4こま漫画がありました。
「バイトくん」たちは築50年の木造アパート「仲野荘」に住んでいます。生活のためにいろんなバイトに出かけますが、仕事内容が変だったり、先輩や社長がちょっと個性的すぎる人だったり、ろくなバイト先に当たりません。
仲野荘に戻ってくれば、同じくビンボーな仲間たちがわずかな食料に群がるようなトホホな生活。そんな4こま漫画が「oh! バイトくん」でした。
本書を読んで気付くのは、バイトくんが昔とちっとも変わっていないことです。「リストラ」とか「ドーピング」とか、漫画のネタに最近の話題が使われているところは違っていますが、それ以外は、作者の画風もドタバタの内容も驚くほど変わっていません。
進歩のない30年だった、とも言えますし、もう30年前に「いしいひさいち」は完成していた、と言えないこともありません。


著者自身、当時住んでいた東淀川区の思い出を30編のコラムに書きながら、「やっていることはそのころとたいして変わりません」と述懐しています。
例えば、著者はバイトくんの頃、夏でも冬でもサンダルを履いていました。今も少しは高級になったとはいえ夏はサンダルで通しています。GパンにTシャツ姿もそのままで、この30年服装に変化がありません。
だいたい仕事自体もアルバイトで描いていた漫画が職業となったのですから、「どうやらこれはプロではなくて長期アルバイトが事情があって辞められないようなモンのようです」と語っています。


そんな著者だからこそ、当時の生活はとりわけ懐かしいようです。歩いて10分の淡路商店街には安いものならなんでも揃うスーパーイズミヤがあり、付近の道端ではパンの耳やカステラの切れ端が一袋いくらで売っていました。当時を振り返った著者は、「なに不自由ない学生生活でした」とつぶやいています。


ところで作者は、前文に、
   今までの作品の、そもそもがこの本の『私≠バイトくん』にあるよう
   にも思います。
と書いています。


おや? と理系の私は引っかかりました。「≠」は「イコールではない」を示す記号です。たぶん、著者は「私とバイトくんはほぼ同じ」と言いたかったのでしょうから、「≠」ではなく「≒」を使うべきだったと思います。


本を読んでいて、こういう細部が気になるのが私の悪い癖で、ついつい本題から外れてしまいます。
なるべく気がついても口にしないようにしているのですが、本題から外れた質問をして、学生時代に一度、先輩からキツーく叱られたことがあります。
先輩が「キッシンジャーは大統領になれないけれど……」と言ったときに、話の途中で「どうして彼は大統領になれないんですか?」と質問してしまいました。
その先輩はキッシンジャーの外交手腕の凄さを示すエピソードを語ろうとしていたようで、「関係ないことを聞くんじゃない! だいたい君はねー」とふだんの会話のしかたまで叱られてしまいました。(キッシンジャーのように外国で生まれてアメリカに移民した人は大統領選に立候補できない、というアメリカの憲法を知ったのは数年後です)


その先輩も6畳一間に住む、本だけはたくさん読んでいる貧乏学生でした。
学生時代を思い出すと懐かしいです。