イマジネーション


2004年9月刊  著者:赤川 次郎  出版社:光文社  \1,575(税込)  282P


イマジネーション 今、もっとも必要なもの


本書は、著者の講演内容をまとめて再構成した「講演録」です。
テレビ出演を見かけたこともない著者ですから、人前で話すのが苦手かもしれないと思っていました。一冊の本になるくらいの講演実績があること自体がちょっと意外です。
では、「もともと講演が何より苦手」という著者が語ったのは、どんな内容でしょうか。


本書はタイトルが「イマジネーション」、副題が「今、もっとも必要なもの」ですから、私は「小説の表現には想像力が重要である」、という内容を想像しました。読み進んでみると、私の予想は、半分当たり、半分外れであることが分りました。
本書には、作家になるまでの自身の生い立ちや、著者の小説作法、次の世代のために語っておきたいこと等の充実した内容が収録されています。著者の小説作法の章では、リアリティの大切さ、想像力の大切さを強調していますから、私の予想は半分だけ「当たり」です。
しかし、本書の後半では魔女狩りアウシュヴィッツなどの「他者への想像力が失われた悲劇」が登場し、過去の歴史に学ぶ大切さや日本の行く末を論じていますから、予想の半分は「はずれ」でした。
この予想が外れた後半こそ、著者が力を込めて訴えたい内容です。
小説を書く上で「イマジネーション」は大切ですが、世界中で紛争や戦闘で血が流されている現実世界に目を向け、そこで起こっていることを「想像」し、感じることは、もっと大切。それが戦争に向かおうとする日本の針路を正すことにつながる、というのが本書の主題です。


著者は、シュワルツネッガー主演の『トゥルー・ライズ』というアメリカ映画が、間近で核爆発が起きても目をふさいでいれば大丈夫、というストーリーになっているのを紹介しています。そして、核兵器の恐ろしさを想像できないような誤った表現には、被爆国民として抗議すべきじゃないのか。“ちょっと大きい爆弾”くらいの誤った認識しか持っていないアメリカ人が核のボタンを握っているのは、とても危険なことじゃないのか、と訴えます。
また、日本に目を向ければ、ガイドライン国旗国歌法、通信傍受法などの法案が通っている現状です。最近きなくさくなった日本が戦争への道を進まないように、小説家として何かメッセージを発信していきたい、と語っています。


赤川次郎といえば、「三毛猫ホームズ」シリーズで知られる“軽い読物”を書く小説家です。悲惨な世界の現状に目を向け、日本の将来を憂える「硬派」の主張を展開するとは、思いもよりませんでした。
そういえば、1980年代初頭、『野生の証明』などでベストセラー作家だった森村誠一氏が、『悪魔の飽食』で旧日本軍731部隊による生体実験などを告発したことがありました。エンターテイメントを書く小説家が「社会派」に変貌することもある、という前例です。


本書は、赤川次郎の「社会派宣言」とも言える一書です。
著者の今後の発言、日本の抱えている現状に積極的に発言する作品に注目下さい。