「すり減らない」働き方


副題:なぜあの人は忙しくても楽しそうなのか
著者:常見 陽平  出版社:青春出版社(青春新書INTELLIGENCE)  2013年4月刊  \860(税込)  189P


「すり減らない」働き方 (青春新書INTELLIGENCE)    ご購入は、こちらから


もう何度も書いているが、昨年の夏に職場が変わってから、ものすごく忙しい日々が続いている。


質・量ともに、とても仕事を全部こなせないので、いつも締め切りに追われ、頑張っても頑張っても、それでも締め切りに遅れ、上司や関係者に謝りつづける日々を送っている。


ちょうど心が折れてしまったときに、本書に出合った。


そうだ、こんな働き方をつづけていたら、自分がすり減っちゃう。自分がすり減らないようにする方法があるなら、教えてほしい。
200ページもない、こんな薄い本で解決するかどうか分からないが、ともかく手にとってみることにした。


冒頭、著者自身が体験したすさまじい“忙しさ”に圧倒される。


著者の常見氏が入社したのは、忙しいことで有名なリクルート社。覚悟はしていたが、想像以上の忙しさで、入社1、2年目は地獄だったという。
平日は朝の8時から夜の0時過ぎまで働いたあと、毎晩終電かタクシーで帰る日々。週末も土日のどちらかは出社していた。


ホテル予約サイト「じゃらんnet」を担当していたときは、朝6時の電車で観光地へ向かい、宿向けのセミナーを開催したあと東京に戻ってきて仕事を片づけると夜中の3時になってしまったそうだ。
飲まなくてはやってられなくて、24時間営業の寿司チェーン店で軽く食べて飲んでタクシーで帰ると、寝られるのは2時間だけ。
さすがに途中で体調を崩したそうだが、まさに常軌を逸している。


その後、玩具メーカーの採用担当に転職したり、従業員5人のベンチャー企業に移ったりしたが、残業続きですり減っていく日々が続いた。


38歳になるころ、会社を辞めてフリーランスで仕事をしながら大学院生になったのだが、忙しさはいまが過去最高、とのこと。



じゃ、世の中の人はどのくらい忙しいのか。
著者が引用する厚生労働省の統計によると、意外にも、日本人の1人あたりの労働時間は少なくなってきている、とのこと。


1990年ころ年間2100時間を超えていた総実労働時間が、2010年には1798時間に減っている。


それでも忙しいと感じている人が多いのは、「忙しい人」と「忙しくない人」が二極化しているからだ。


具体的には、パートタイム労働者の労働時間は横ばいで、正社員の労働時間は増えている。
全体として正社員比率が下がっているから、全体の平均は下がっているものの、週に49時間以上はたらく長時間労働者の割合が3割弱に達している。これは、世界で2番目に多いのだ。


もうひとつ。統計にあらわれない「サービス残業」という公然の秘密が存在する。
関西大学森岡孝二教授の研究によれば、1980年から2006年まで、ちっともサービス残業は減っていない。


仕事が忙しいせいか、家族で過ごす時間も、夕食を家族揃って食べる回数も減り、有給休暇取得が進まない。


ようするに、みんな忙しくて疲れているのだ。


おまけに、日本の正社員は、仕事の内容も勤務地も会社の指示に従うのが当たりまえになっていて、長期の雇用を前提にしている代わりに、忙しいのは自分が悪い、と思わされる構造になっている。


近年「ブラック企業」が話題になっているが、従業員を食いつぶして使い捨てにするブラック企業でなくても、サラリーマンは、弱い立場に置かれている。


異動してあたらしい職場にいけば、慣れない仕事なので効率が落ちるのが当たりまえなのに、「お前がデキないからだ」と非難され、「自分の要領が悪いからだ」と自分を責めてしまう。


そうではなく、新しい仕事を早くこなせるように教える教育体制、効率的に業務を行える環境、仕事を確実にさせるための管理などが整っていないのが悪いのだ。


「忙しいのは、あなたのせいではない」と、読者をなぐさめたところで、「そうはいっても、個々人が努力しないと抜け出せませんよ」と著者は言う。続いて、第3章、第4章で、どうすればすり減らない働き方ができるかを展開していく。


おもしろいのは、今までよく読まれている時間術の本を分析し、普通のサラリーマンが使えるかどうか判定しているところだ。


『「残業ゼロ」の仕事力』『7つの習慣』『TIME HACKS!』『レバレッジ時間術』等、ベストセラーを引き合いに出し、

「この本にケチをつけるつもりはありませんが、(中略)実行するのは厳しいと思います」
「しかし、決定的な弱点があるのです」
「オシャレで簡単そうで、でも庶民にはハードルが高かった」
「説明文を読めば、合理的な取り組みだとわかるのですが、
さすがにフツーの人には厳しいですよね」

と切り捨てる。


おいおい、そこまで言っていいのかい! とツッコミを入れたくなるほどだが、よくぞ言ってくれた! と感じるのも確か。
常見氏の言うとおり、時間術の本には使えないテクニックが多いのだ。


そもそも働く環境が違う。
著者の多くが経営者やコンサルタントなのに、読者は普通のサラリーマン。


「時間の使い方に優先順位をつける」というアドバイスを実行したとしても、上司や取引先の都合で木っ端微塵に粉砕されるのがオチだし、「名詞のベストな整理法は『捨てる』こと」「電車に乗らずにタクシーを使う」など、普通の会社員にはそのとおり実行するのは難しい内容が多い。


何冊も読みくらべてみると、「時間を効率化するのは大変だ」ということを教えてくれるという皮肉な結果になったという。


第4章で、いよいよ、普通の人が実践できて効果を実感できる時間の上手な使い方、身心がすり減らない仕事のツボを紹介しているのだが、いつものように、僕のレビューはネタバレ自粛。
申し訳ないが、興味のある人は、自分で買って確かめてもらいたい。


個人的には、「忙しいのは、あなたのせいではない」と言ってもらったことが一番の収穫で、おかげで、忙しさを少しだけ客観的に見られるようになった。


忙しい、忙しい、と感じている方に、ぜひ読んでもらいたい。