心が喜ぶ働き方を見つけよう


副題:漁師の会社オーガッツでみつけた「グッとくる」働き方
著者:立花 貴  出版社:大和書房  2012年4月刊  \1,365(税込)  221P


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3.11の震災をきっかけに、生き方を変えた。
心が喜ぶ働き方ができるようになった! という体験を語り、「グッ」ときたことに進んでいこう、と呼びかける生き方論である。


東京で事業家をしていた著者の立花氏は、震災がおこったとき、地下鉄に乗っていた。池尻大橋駅に移動した車両から降ろされ、駅構内からも出されたが、ともかく自身の体は無事だった。


すぐに仙台市に住んでいる母と妹に連絡をとろうとしたが、つながらない。
夕方になって、津波で亡くなった人がいる、という情報を耳にした。いてもたってもいられず、実家に向かうことにした。


当日の渋滞を避け、翌日車で出発した著者は、仙台市に向かう途中で信じられないような津波被害の光景を目にする。
福祉センターに避難していた母親と妹に出会えた著者は、入退院をくり返す母を被災地に置いておくわけにいかず、二人を東京の自宅に連れ帰った。


自宅に二人を送り届けたあと、立花氏は仙台に引き返すことにした。
食事も満足にとれない避難所の惨状をなんとかしなければ……、と、あとさき考えずにともかく現地に向かったのだ。


炊き出しの手伝いをしたり、物資の配給を手伝ったり。東京と仙台を往復しながら物資を運び、支援を続けた。


広尾の洋菓子店がケーキを提供してくれたり、登山仲間が東京と仙台の往復に加わってくれたりするようになる。
手違いで250人分の炊き出しができなくなったとき、スーパーマーケットで50Kgの肉を調達して、急きょバーベキューに変更したこともあった。


4月中旬、知人の紹介で石巻市雄勝中学校の佐藤淳一校長先生と出会った。


佐藤校長先生は言った。
「こどもたちに、腹いっぱい食べさせてあげたい」
「家も想い出も何もかも流されたこどもたちに、ひもじい思いだけはさせたくない」


親を亡くした子どもの健気な作文を読ませてもらったとき、立花氏はポロポロと泣いてしまったという。


佐藤校長先生の内側から湧きあがるエネルギーを感じ、立花氏は給食のおかずを届けることを約束する。


約束したはいいものの、頼れるのは、総菜仕出しのお店を切り盛りしていた妹しかいない。
「いいよ。何食分、何時まで?」と即答してくれた妹といっしょに毎日100食分の給食づくりがはじまった。
調理場は、大規模半壊認定を受けた13階建てマンションの最上階にある実家の台所だ。はじめはガスも復旧していなかったので、卓上コンロを使い、朝4時から調理をはじめる。


できあがったおかずを、毎日片道2時間かけて雄勝まで運んだ。


子どもたちの口に入るものは、本来なら厳しい設備基準を満たした給食センターでつくられることになっている。それを初めて会った立花氏に依頼した校長の決断は、ことなかれ主義者にできることではない。


意気に感じて雄勝中学校に通うなかで、立花氏は人生を変えるもうひとつの出会いを迎える。
雄勝中学校のPTA会長をしている伊藤浩光氏との出会いだ。


養殖業をしていた伊藤氏も、津波で何もかも失った一人だった。髪もひげもボサボサの伊藤氏は言った。

「家も、船も、漁具も、加工場も、全部流された。借金だけが残った。でも俺は、これから新しい漁業をやるんだ。雄勝町のため、日本の漁業のためにまったく新しい漁業をやるんだ」


出会って2カ月が過ぎたころ、「漁業の会社を作りたいから協力してほしい」、と伊藤氏から相談された。


じつは、立花氏は食品流通の会社を立ち上げ、社長をしていた時期があった。


事業の経験者として、また漁師の仲間として参画を求められ、立花氏は、
  「きっと、この人の役に立てるはず」
と思った。
伊藤氏の情熱を感じながら、自分の人生に新しいことがはじまる予感がした。


準備期間を経て、2011年8月10日、合同会社オーガッツが設立され、立花氏は事業家兼漁師になった。
仙台へ通いはじめて52往復目のことだった。


不思議な出会いをきっかけに、立花氏が人生の針路を変えることになったのは、震災を機に「グッとくる」(頭で考えるのではなく心で感じること)かどうかで判断し、動くことにしたからだ。


個人志向の強い漁師が共同で会社をつくるだけでも新しいことだが、オーガッツは、さまざまな「新しい漁業」にチャレンジすることにした。


なかでも、複雑な流通経路をなるべく少なくして生産者と消費者をつなげる試みは、いわゆる「一口オーナー制度」ではなく、「そだての住人」と命名されたユニークな制度だ。


いままでの「一口オーナー制度」は、お金を前払いしてオーナーになり、あとで商品を受け取る、というものだったが、「そだての住人」は、単なる消費者ではない。


毎月1回開催されるイベントに参加してもらい、海産物を育てるところから関わってもらう会員制度なのだ。
漁師と話をしたり、作業風景を見学したりできるのはもちろん、希望すれば養殖業の体験もできる。会員証として「そだての住人票」も発行してもらえる。


単なる消費者を生産地の支援者・当事者に変えてしまう発想は、8月の読書ノートで取りあげた『ローマ法王に米を食べさせた男』の「棚田オーナー制度」と共通するすばらしいアイデアだ。


「そだての住人」を対象にホタテ、カキ、ホヤなどの季節ごとの収穫イベントを開催するだけでなく、小中学生を対象とした養殖業体験も行っている。


都内のイベントでアキアジやイクラをふるまったり、横浜でキャリア教育と食育の授業をしたり、地元雄勝中学校の「復興輪太鼓」の応援をしたり、立花氏は忙しく活動している。


最近では、9月29日にNHK総合テレビで放送された
  「ap bank fes ’12 Fund for Japan
    〜つま恋 淡路島 そしてみちのくへ 思いをつなげて〜」
の中でも、立花氏とオーガッツの活動が紹介されていた。


立花氏の個人ブログ人の根っこにつながる!によると、東京と仙台の往復回数が10月はじめに180回になる、とのこと。


3.11の震災後、東北を支援しようと現地へ向かった人は多い。
僕も岩手県行きのボランティアバスに乗り、大槌町仮設住宅でカフェ・ボランティア(お茶っこ)に参加してきた一人だ。現地でしか見られない惨状を目にし、現地の人々の苦しみやいらだちの一端にふれる経験もした。(2011年12月のブログ 参照)


だが、現地からもどってくれば、またいつもの日常が待っている。そうそう人生の針路を変えられるわけではないのだが、だからこそ、立花氏のような勇気ある行動を応援したくなる。


グッとくる人との出会いに導かれてここまで来た立花氏は、本書のなかで今後の抱負を次のように語っている。

これからは、以前と真逆の、小さくても「グッとくること」をしたい。震災地の復興に全力を尽くしたい。いや、復興のためだけではなく、日本の未来のために。