眉山


2004年12月刊  著者:さだ まさし  出版社:幻冬舎  価格:\1,400  198P


眉山


医学の研究用(主に学生の解剖実習)に遺体を提供することを「献体」といいます。
本書の主人公は、本人の意思で献体を希望しました。物語の冒頭、既に主人公は亡くなっており、献体先の大学が主催する合同慰霊祭に娘が出席する場面から本書はスタートします。
ちゃきちゃきの江戸っ子で気風の良かった母。娘に何も相談せずにケアハウスへの入居を決め、献体を申し込んでいることも明かさない母。なぜか父のことは何も娘に教えずに一生を過ごし、晩年を迎えた母。
そんな母が「錯乱している」という連絡を郷里の病院から受け、娘は慌てて帰郷します。「錯乱」は間違いだったものの、末期癌で余命いくばくもないことを知った娘は、郷里に滞在して母を看取ろうと決心しました。
看病の日々の中で、本人が語ってくれなかった母の人生を理解し、名前も知らない父のことがだんだん分かってきます。
そして最後のクライマックス。母がどうしても見ておきたいと車椅子に乗って出かけた阿波踊り会場で……。


「神田のお龍」として沢山の人々から慕われてきた母の気風のいい啖呵が小説を引き締めていました。
医師の心無いひとことに母は言い切ります。
    そりゃあ手前(てめえ)らは患者なんざあ、たかがメシの種だと思っ
   ているのかもしれないが、どっこいこちとら生き物だ。ばばあと笑う
   は勝手だが、生命への敬意も年寄りへの感謝もなく、手前ひとりで生
   きて出世してきたような顔は見苦しいったらありゃしない。


お天道様に恥じない「粋」な人生を送った主人公。死ぬまでカッコ良かった母。
読み終わって、胸のつかえが下りたような、なんだか心を塞いでいたものが1枚無くなったような気がします。
200ページもないので、短時間で読めます。テレビドラマを一本見るように読んでみてはいかがでしょうか。


さだまさしは、最初のヒット曲「精霊流し」の頃から、背景に物語がある音楽づくりをしていました。
精霊流し」は病死した恋人の思い出を、「無縁坂」では苦労した母の人生を偲びました。「縁切り寺」「飛梅(とびうめ)」「風に立つライオン」では、それぞれ円覚寺大宰府天満宮千鳥ヶ淵をデートした恋人との別れの物語を、「親父の一番長い日」では妹の誕生から嫁ぐ日までの家族の物語を歌いました。
とうとう小説を書いてしまい、第1作「精霊流し」・第2作「解夏」ともベストセラーになります。(「眉山」は第3作)
昔からのファンとして彼の活動を追いかけていると、小説を書くようになるず〜っと前から、さだまさしは音楽以外の方法で物語を表現することに注目していたことに気付きます。
もう10年以上前のことです。放送局は覚えていませんが、さだまさし自身が自作の歌を元にしたドラマを演じる、というラジオ番組がありました。たった1週間の特番でしたが、「セロ弾きのゴーシュ」「檸檬」「フレディもしくは三教街」などをネタにした約5分の短編ドラマをワクワクしながら聞きました。
ドラマ「セロ弾きのゴーシュ」は、売れないチェロ演奏家が主人公です。チェロ弾きは、飲めもしないオンザロックを手に、一緒に暮らしている彼女に話しかけます。「君がお尻を振りながら台所に立っているのを見ると、名コンダクターのようだ」と。ところが、上機嫌で話している最中に彼は突然倒れ、帰らぬ人になりました。伴侶を失った彼女は、今夜もオンザロックを用意して「楽しげなあなたを見つめるだけで幸せだった」と回想するのでした。
この曲は、タイトルを宮沢賢治から借用し、有名なサンサーンスのチェロ独奏曲「白鳥」の一部を曲の中に借用した凝った作りをしています。
その上、こんな物語まで付け加えられては、ファンはたまりませんねぇ。


ドラマ「北の国から」が終了してから、さだまさしの曲を耳にすることも少なくなりました。これからは、彼の書いた小説を味わうことにしましょう。