こころに効く小説の書き方


2004年4月刊  著者:三田 誠広  出版社:光文社  価格:\1,470(税込)  258P


こころに効く小説の書き方


創刊準備中の私のメルマガのタイトルは「ココロにしみる読書ノート」と名づけました。ホッと一息ついたり、元気が出たりするような、ジーンと心に沁みる本を紹介したいと思っています。
今日紹介する本のタイトル前半には「こころに効く」とあります。もしかすると私のメルマガのヒントになることが書いてあるかもしれない、と思い、とても期待して手にとりました。


ところが、実際に読んでみると、この本はタイトル後半の「小説の書き方」に重点を置いた本でした。著者は大学で小説の書き方を長いこと講義しており、学生の書いた小説をていねいに添削してきた経験を持っています。その講義と添削の経験をまとめたのが本書の内容で、「主人公のキャラクターを設定する」「会話には二つの機能がある」「エンディングはさりげなく自然に」など、小説を書こうとする人向けの具体的ノウハウがたくさん書かれています。
とても興味深い内容ではありますが、私は“読書ノート”を書こうとしているところです。小説を書こうなどと大それたことを志しているわけではないので、この本は「豚に真珠」そのものですねぇ。


読み進んでいくうちに、「そういえば、『こころに効く』が書いてないぞ」ということに気付きました。確かに最近のビジネス書には、興味を引くタイトルなのに読んでみると期待はずれ、という本も少なくありません。でも、三田誠広はビジネス書の著者ではありませんから、内容と関係のないタイトルを付けるはずがない。きっとこの後に登場するのだろう、と思って読み続けた甲斐があり、やっと最終章に“こころに効く”が出てきました。
「おわりに/わたしたちはなぜ小説を書くのか」という章で、著者は芥川賞を取る前の自分自身の経験を語ります。
著者はサラリーマン時代に自動車関係のPR誌編集長をした経験があります。結婚して子供もいましたので、家事の手伝いと両立するために会社の仕事を自宅に持ち帰ります。結局徹夜が続き、睡眠をとれるのが通勤の電車の中だけという状態になりましたが、不思議と追い詰められたという気持ちにはなりませんでした。著者には「この体験を小説に書いてやろう」という気持ちがあり、むしろ、この困難な状況が貴重な小説の題材と思えた、というのです。「不運を幸運と感じることができる。これが作家です」と著者は断言します。
小説を書くというのは、世界を認識するということ。いつの日か作品を書いてやろうという思いがあれば、困難な局面でも不運を幸運と受け止めることができる。これが「こころに効く」ということでした。


本書は最終章だけでも価値があります。そして、「こころに効く」を理解してみると、小説の書き方のノウハウと思って読んでいた本書の内容が、世界認識のしかた、人間観を養う方法を書いていた、ということに気づきます。


読後に後を引く、考えさせられる本でした。いつもながら、三田誠広の本は奥が深いです。