第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい


著者:マルコム・グラッドウェル 沢田博/訳 阿部尚美/訳  出版社:光文社  2006年3月刊  \1,575(税込)  263P


第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい


第1印象の正しさについて、あれやこれや論じている本です。
原著はアメリカでベストセラーリストに1年間も載りつづけるほど話題になった、とのこと。


アメリカのある美術館が古代ギリシャ彫刻を購入しました。
いろいろな科学的検査で本物と鑑定されましたが、美術鑑定家たちは一様に、「違う」と感じ、「まさか購入していないですよね」と心配してくれました。美術館の目玉となる作品を求めていた学芸員は、科学的鑑定結果を頼りに彫刻を購入しましたが、あとで、やはりニセモノと分かります。
なぜ、美術鑑定家たちは一目見ただけで贋作と見抜けたのか?
本書は、その秘密を追うことからはじまりました。


最初の美術館の例を読むと、
  人間の能力はコンピュータにまさっている、
  様々な情報を一瞬で判断するすばらしい能力を人は持っている
というの内容のように見えます。
しかし、本書は、単純な「人間能力礼賛」本ではありません。
むしろ、先入観による判断誤りの例、誤った第1印象のこわさを、これでもか、これでもか、と並べあげてくれます。


夫婦の会話を録画した15分のビデオを観察して15年後に離婚しているカップルを見分ける、という実験を著者自身が受けた時のこと。ジャーナリストとして多くの人間に接してきた著者には、正確に見分ける自信がありました。しかし、正解率は5割。
あてずっぽうだったとしても正解率は5割なのですから、結果は散々です。


その道のプロは、4つの感情に注目しさえすれば見分けられる、とタネあかししてくれました。
その4つの感情とは防衛、はぐらかし、批判、軽蔑。中でも軽蔑の感情が最も重要で、夫婦のどちらか一方でも相手を軽蔑する様子が見られたら、二人はうまくいっていない。それ以外の情報は、敢えて捨ててしまったほうが間違いが少なくなる、とのこと。


直感のすばらしさと、第一印象の誤りの例をいくつも読んでいるうちに、「あれ? 著者は何を言いたいの?」と戸惑いを感じるかもしれません。
でも、この本は学術論文ではないのです。
データを集めて理詰めで何かを主張する、という方法とは違うやり方、――「最初の2秒のなんとなく」の質を高める方法を本書は述べているのです。
結論に向かって一直線に進んでいないのは、著者の作戦かもしれませんよ。


そういう意味では、第一印象に関する、あれやこれや全ての内容が大切なのですが、私なりに無理やり結論を抜き出すと、
  どうやら私たちは、自分の得意なこと、いつも気にかけていることに
  関しては、経験と情熱で第一印象の質を高めていけるらしい
ということのようでした。


あまり論理的な期待を持たず、本書に載っている「理屈以前」の事例をお楽しみください。


余談に入ります。
本書に登場する、第一印象の正しさ、先入観のこわさを考えさせられる例の中で、次の2つの例を特に興味深く感じました。


その1 ―― ペプシ・チャレンジというペプシコーラのキャンペーン


2種類のコーラを一口ずつ飲んでもらい、どちらがおいしいかを尋ねるもの。
ペプシの方を「おいしい」と感じる人が多い、というコマーシャルを覚えて
いる人も多いと思います。このキャンペーンにもかかわらず、ペプシのシェアはなかなか伸びなかったのはなぜか。という分析もなかなか面白かったですよ。


その2 ―― クラシック界のオーディション


仕切りの向こうで演奏してもらい音だけを基準にして評価する、というオーディション方式が一般的になり、アメリカの一流オーケストラに在籍する女性の数は、この30年間で5倍に増えた、とのこと。
それまでは、女性の候補者は不利でした。審査員の先入観が影響して「音が弱々しい」という評価を受けることが多く、採用に至らないことが多かったのでした。


そういえば、この2つのテスト方法をバラエティに採用した番組がありました。
テレビ朝日系列で放送していた『人気者でいこう!』を覚えていますか。
ダウンタウンの浜ちゃんと俳優の内藤剛志がいい味だしていました。
この番組の人気コーナーだったのが「芸能人格付けチェック」です。


毎回5〜6名の芸能人が登場し、「高級品」と「安物」を見分ける問題に挑戦するという趣向で、間違えると、一流芸能人→普通芸能人→二流芸能人……、と評価が落ちていくものでした。


仕切りの向こうでストラディバリウスと普通のバイオリンを演奏し、どちらが高いバイオリンかを当てる、というクイズは、クラシックのオーディション方式にヒントを得たのかもしれません。
また、時価○十万円のワインと千円のテーブルワインを味わい、目隠ししたままで的中させる、というクイズは、ペプシ・チャレンジをパクッたのでしょう。


単なるバラエティと思っていましたが、第1感のちぐはぐさをお笑いに結びつけるという趣向。ムムッ、本書の先取りのような番組だったのですね。


5年前に『人気者でいこう!』は終了したましたが、「芸能人格付けチェック」は昨年から特番で復活しています。
今度の放送は9月頃でしょうか。楽しみにしてますよー。