男に生まれて


副題:江戸鰹節商い始末
2004年9月刊  著者:荒俣 宏  出版社:朝日新聞社  価格:\1,575(税込)   314P


男に生まれて 江戸鰹節商い始末


江戸幕府が無くなっちまう、薩摩ざむらいが江戸に攻めてくるかもしれねえ、という騒然とした世相のなか、日本橋の商人たちが老舗の暖簾を守ろう、新しい時代を開こうとするありさまを活写する小説です。著者は、今も残る鰹節のにんべん、海苔の山本山、和菓子の榮太樓、三越などを取材し、現経営陣の人となりを参考にして当時の当主を創作しました。
「不況、リストラ、テロが何でえ!おいらたちは負けねえぞ!」という帯のことばそのままに、威勢のいい江戸っ子商人が登場し、やせ我慢をしながら男としての勤めを果たそうと奮闘しています。


老舗とはいっても、先代と同じようにボーッと商売をしていれば良いという世の中ではありません。当主自身が身を粉にして働き、京・大阪に負けない商品の開発、品質管理、経理、資金繰り、商品相場の情報収集、果ては防火見回りまで率先して続けなければなりません。能力のない者には勤まらず、自然に入り婿が多くなります。
本書の主人公も鰹節の老舗「にんべん」の入り婿。威勢よく仕事をこなし、町衆に気をつかい、薩摩ざむらいのいやがらせと闘い、女房の思いやりに「よせやいっ」と返します。こういうのを粋でいなせな江戸っ子というのでしょうか。


著者の荒俣宏というのは、「トリビアの泉」の左はじで「へ〜へ〜」ボタンを押しているヘンなおじさんです。そのヘンなおじさんが、作家としてこんな面白い小説を書いているなんて知りませんでした。
これは“めっけもん”です。


幕末の志士といえば坂本竜馬知名度・人気とも群を抜いています。勝海舟も竜馬に世界情勢を教えた師匠として、また西郷隆盛と交渉して江戸無血開城を実現した人としてよく知られています。
しかし、勝海舟と同時期に幕閣を勤めた小栗上野介はあまり知られていない人物です。せいぜい耳にするのは、糸井重里江戸幕府埋蔵金発掘をする番組で「埋蔵金を隠した勘定奉行」として登場するくらいです(笑)。だいたい「こうずけのすけ」なんていう名前は赤穂浪士の昔から悪者に決まっています。
本書に登場する小栗上野介は、新政府と同じような構想を持ちながら幕府中心の新体制を作ろうとした人物として描かれています。薩長に徹底抗戦する案を将軍に退けられて解任され、いさぎよく侍を辞めました。わりと「いい人」に描かれています。


騒然とした幕末の中でしぶとく生き抜く町人を描いた時代風俗小説。読んでいて元気が出てきます。ちょっとしんみりする場面もまた良し、でした。