この書評オススメ!


選本の参考にするため愛読しているネット書評の一つに、ノンフィクション系の「HONZ」という書評サイトがあります。


二十数名が入れ替わりで書いている書評は、それぞれ個性があって面白く読ませてもらっています。


取り上げている本が興味深い時もうれしいのですが、自分も書評を書いている目線で読んでいるので、紹介文が良く書けていると、「あー、いい書評を読ませてもらった」と嬉しくなります。


先日、思わず「おみごと!」と心の中で叫んでしまった書評に出会ったので、今日は本の紹介ではなく、書評の紹介を書くことにしました。


僕が「おみごと!」と思ったのは、鈴木亘著『経済学者、待機児童ゼロに挑む』という本の書評です。


経済学者、待機児童ゼロに挑む    ご購入は、こちらから


この本の書評を書いたのは、1970年生まれの首藤淳哉さん。
大分県出身でラジオ局の番組制作を担当しています。


待機児童の問題を扱ったノンフィクション作品を紹介するにあたり、首藤さんは次のように書き出しました。

夫婦というのは、年数を重ねる中でそれなりに関係が変化していくものだが、我が家の場合、いまもお互い変わらずに抱いている感情がある。ときめき? まさか。いまや恋は遠い日の花火である。いまも夫婦で変わらずに思っていること。それは、ぼくらは「戦友」であるということだ。


このあと「夫婦にとっての戦いとは、子育てである」と、子どもを保育園に通わせるのにどれだけ苦労を分かち合ってきたかを述べていくのですが、まず、この書き出しが「おみごと!」です。


優れたエッセイと同じように、優れた書評には、書き手の人となりが表れる、と僕は考えています。


本の内容紹介だけでは単なる「情報」に過ぎません。
どんな人がらをした評者が、その本についてどんなふうに感じたのか、という文章が加えられることによって、書評の文章自体が魅力を増し、「この本読んでみようかな」という興味も涌くのです。


首藤さんも自分たち夫婦がどれだけ子どもを保育園に通わせるのに苦労したか、という個人の体験を述べています。


これだけでも、僕の「優れた書評の条件」を満たしているのに、もっとスゴイことがあります。
それは、冒頭の文章で「夫婦が変わらずに抱いている感情がある」と、夫婦がアツアツであることをほのめかしたあと、

ときめき? まさか。いまや恋は遠い日の花火である。

と笑いを取っていることです。


ありきたりの書評家であれば、待機児童問題のマクラに、「保育園落ちた日本死ね!!!」を持ってきて、「このブログが話題になったというニュースを目にした人も多いと思いますが」などと、評論家的な文章を書いてしまうことでしょう。


しかし、「日本死ね!!!」のインパクトは強い。いや、強すぎます。
ただでさえ深刻な待機児童問題が、救いようのない暗さをただよわせてしまいます。


油断すると暗くなってしまうこのテーマを、笑いを取ることで書きはじめた首藤さんは、最後まで読者の気持を引っ張り上げようとします。


本の内容を丁寧に紹介したあとの、最後の段落は感動ものです。

だがどうかみんな顔をあげてほしい。(中略)誰もが笑って子育てを振り返ることができる日がそう遠くない未来に来ることを願って。あきらめてはいけない。打つ手はまだ、残されている。


まるで、映画『独裁者』最後の場面の、チャップリンの演説のようではありませんか。


実際の「HONZ」掲載書評は、こちら で読めますので、ぜひぜひご一読くださいませ。


それにしても、首藤さん。ただ者ではありません。


そんな首藤さんが書評サイト「HONZ」にデビューしたのは、2016年の12月でした。
首藤さんの「HONZ」最初の書評 に「HONZ」デビューのいきさつが書いてありますので、少し見てみましょう。


「HONZ」新メンバー加入面接を受けたとき、編集長の内藤順さんに、「年内に原稿書いて送ってください」と言われたそうです。


しかし、首藤さんには時間がありません。
朝は3時起きでラジオ局の早朝番組を担当し、夜はワケあって(共働きの妻との分担?)家族の夕食をつくったり、子どもの勉強をみたり。
今年中に読みたい本も山積みです。


断ろうと思って編集長を見ると、

「わかってますよね」と有無を言わせぬ目力で圧をかけてくるではないか。なんだかホークスなんかで活躍した往年の名捕手・城島に顔が似ているぞ、などと関係のないことを考えてしまう。そういえば城島も強気で強引なリードが持ち味だった。

という状況です。


ここまで読んで、「そうそう。内藤編集長って、迫力あるよね〜」と、もらい笑いしてしまいました。


少し余談です。


内藤さんは書評サイト「HONZ」サイトで写真の代わりにイラストを載せています。顔を知っている方は少ないと思いますが、僕は「HONZ公開朝会」で2度、お会いしたことがあります。


初めてお会いしたのが2012年8月の公開朝会でした。
観客が20人くらいで、リラックスしたムードだったので、「HONZ」メンバーの会話に観客席から思わずツッコミを入れてしまいました。そのとき、すぐ前にいたのが内藤さんでした。
内藤さんはふり返って、「静かに!」と僕をにらみました。


たしかに顔が城島に似ていて、迫力あります。
ちょっと恐かった……。


話がそれました。
首藤さんの最初の書評に戻ると、この追い詰められた状況を導入部にして本の内容に自然にシフトし、さっさと最初の書評を仕上げてしまったのでした。


おみごと!!


これからも首藤さんから目が離せません。