著者:長谷川 英祐 出版社:PHP研究所 2015年7月刊 \1,404(税込) 219P
しろうと向けに「進化論」をできるだけやさしく説明してくれる解説書である。
「ダーウィン」とか、「遺伝」、「DNA」など、何となく理解しているつもりの言葉の意味がはっきり理解できると同時に、進化論の歴史や進化論の限界と可能性など、進化論という学問の新たな展開についても述べている。
ページ数も少なく言葉づかいもやさしいので、初歩の初歩を解説した本なのだろうと軽い気持ちで手にしたが、
後半に入って
「ムムムッ! おぬし、ただ者でないな!」
と姿勢を正した。
おもしろい!
研究者自身が現在の「進化論」研究の限界を述べたり、「進化論」を通して科学の本質を突いたりしていることに驚いた。
「眠れなくなる」ほどではないけれど、知的興奮をおぼえた。
感動のあまり、「面白くて眠れなくなる」シリーズの他の本を「ポチッ」としてしまったほどだ。
この「読書ノート」を読んでいる皆さんにも、この興奮をお伝えしたいのだが、気を落ち着けて、まず、進化論の誕生から現在までの歴史解説(本書の前半部分)を見てみよう。
進化論が誕生するまえ、
「生物はできた時からそのままであり、時間とともに変化しない」
と考えられていた。
生物だけではない。
日本にも国産み神話があるように、キリスト教などの教典に神様が世界を作った話があるように、自然界のあらゆるものは、神様によって作られた。
いろいろな形をした生物がいるが、それは神様が作ったとおり続いているのだ――それが進化論誕生以前の考え方だ。
しかし、古い地層から今とは違う生き物の化石が出てきたりして、神話の世界よりも地球の歴史は古く、生物も変化してきたことが分かってきた。
そして、生物の進化を説明する学説を初めて公表したのは、18世紀の博物学者、ラマルクだった。
「首の短いキリンは木の葉を食べようとして首が長くなった」という「用不要説」である。
その後、「用不要説」は科学的正統性を認められない仮説であることが明らかになったが、「生物は変わらない」という考え方を打ちやぶった大きなできごとだった。
次に登場するのが、進化論の真打ちダーウィンである。
ダーウィンは1809年にイギリスの裕福な家庭に生まれ、32歳で船医としてビーグル号の航海に同行した。
旅先でさまざまな生物と出会ったダーウィンだが、彼の進化論に大きな影響を与えたのは、ガラパゴス諸島で出会ったフィンチという小鳥とゾウガメだった。
さまざまな島の環境に合わせて、さまざまな形をしている動物たちを目にして、ダーウィンは「生物は変わるのだ」という確信を抱いたという。
慎重に進化理論を検討したあと、1858年にダーウィンは「自然選択説」の論文を発表し、翌年『種の起源』を出版した。
「自然選択説」は、「遺伝」、「変異」、「選択」の3つの要素が組み合わされることで適応進化が進むという説だったが、ダーウィンの時代には「遺伝」のメカニズムがよく分かっていなかった。
のちに「メンデルの3法則」が遺伝のメカニズムを理論的に説明し、20世紀に入ると、アルフレッド・ハーシーとマーサ・チェイスが遺伝子の実態がDNAであることを証明し、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックがDNAが二重らせん構造で4つの塩基で構成されていることを発表した。
――このあたりまでは、高校の生物の教科書で見たおぼえがある人も多いだろう。
このあと、著者の長谷川氏は、「連続性と選択」、「ウィルス・トラスポゾン」、「共生と進化」、「中立説」などを紹介している。
最新の研究内容だけあって、少しむつかしく感じるようになったところで、いよいよ興奮する「Part III 進化論の未来」に突入する。
生物の世界には不思議な生き物、不思議な生態がたくさんあり、現在の進化論ではうまく説明できないものも多い。
たとえば、リチャード・ドーキンスが1976年に『利己的な遺伝子』を出版してから、進化の実体は「遺伝子」という考え方が主流になってきている。
しかし、兵隊アリという大型の働きアリを持つアリの仲間は、兵隊アリの割合が不思議と最適になっている。
これは、コロニーレベルで自然選択が働き、コロニーが改善されるように進化が起きた結果と考えられるので、進化の実体は「集団」とみなされる。
未来の進化学は、遺伝子、固体、集団の各階層が相互作用を及ぼしながら次の世代の形質を決め、複雑に選択されていくことを説明していくものになるのだろう。
僕がとくに「おもしろい!」と思ったのは、現在の進化論が、実際の自然の一部しか考慮していない、という長谷川氏の指摘だ。
「自然選択説」では、「一番競争力の強い一種だけが生き残る」と考えられてきた。
しかし、同じ場所によく似た複数の生物が分布していることが自然界で観察されるし、逆に強い一種だけが増えすぎてしまった結果、その強い一種も絶滅してしまうことがある。
このように理論と会わない現実が観察される理由を、長谷川氏は次のように解説する。
「自然選択説」は、「自分」と「少し異なる競争者」の二つしかこの世にいないという非常に単純化した状況を考えていますが、実際の自然はもっと複雑です。
(中略)
生物が生きる環境には、短期的な増殖率を高めることを進化させずに、長期的に存続しやすいタイプを生き残らせる「何らかのメカニズム」が隠されていると考えるべきなのかも知れません。
そもそも、科学のはじまりは、自然がうまくできていることを示すことを通じて神を称えるためだった。
ただ一つの原理で多くのことを説明できる理論は、一神教から見るととにかく美しい。
ダーウィンの「進化論」は「神」を登場させなくても、生物の多様性や適応を説明したし、その後も論理が深まってきたが、まだまだ単純な「美しい」理論の誘惑は強い。
さいごに、長谷川氏は言う。
いままでずっとそうであったように、新しい知見やものの見方を取り込み、「進化論」そのものも生物の無限の多様性と同様に、終わることなく進化し続けていくことでしょう。
「進化論も進化する」のだ。
参考図書
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