著者:ロレッタ・ナポリオーニ 村井章子/訳 出版社:文藝春秋 2015年1月刊 \1,458(税込) 189P
フリージャーナリストの後藤健二さんが「イスラム国」に殺害されてから、一時的に中東情勢の関連ニュースが増えた。
最近は報道量が少なくなってしまったが、「イスラム国」は、今後の世界情勢を理解するうえで、重要なキーワードと思う。
今回は、「イスラム国」について理解と関心を深めてくれる2冊を取りあげる。
1冊目は、ロレッタ・ナポリオーニ著『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』。
PLO(パレスチナ解放機構)やIRA(アイルランド独立闘争を行う武装組織)の研究を行ってきたナポリオーニ氏が、他のテロ組織との違いを解説し、「イスラム国」が本当に国家となる可能性を示す内容である。
9.11アメリカ同時多発テロのあと、アルカイダやタリバンなどの過激派武装織が世界各地で起こす事件が注目されるようになった。
「イスラム国」はアルカイダから派生しているので、アルカイダやタリバンと同じように時代錯誤な組織と見なす人が多いが、ナポリオーニ氏は、
「それは違う」
「タリバンの世界はコーランの教義と預言者の書物だけに基づいていたが、「イスラム国」を育んだのはグローバリゼーションと最新のテクノロジーである」
と言う。
アルカイダは、あまりに遠い国であるアメリカと戦おうとした。
それを失敗とみなした「イスラム国」は、ロシア、サウジ、イランなどが複雑な代理戦争をくり広げる崩壊国家に目をつけた。
それがシリアである。
イラクで活動していた「イスラム国」は、シリアで領土をとり、石油を確保し、経済的に自立。
制圧地域を一方的に搾取することは行わず、電気をひき、食糧配給所を設け、予防接種まで行う。
現実主義的な路線で制圧地の拡大に成功している「イスラム国」だが、その第一義的な目的は、
である。
1924年にケマル・アタテュルクの手でオスマン帝国が廃止されてから使われていなかった「カリフ制国家」を自称し、ヨーロッパ人に勝手に書き換えられた国境線を無視し、イスラムの宗教的「純化」を実行しようとしているのだ。
「イスラム国」の特徴のひとつは、その残虐性である。
2014年6月、モスルを制圧した「イスラム国」の軍隊が近くの村で女性や子供も殺したというニュースに、世界はぞっとしてショックを受けた。数百人がマシンガンで射殺され、遺体は大きな穴に投げ込まれたという。彼らはシーア派の民家で略奪を行い、財産を持ち去った。たとえばイラク北西部のタル・アファルという町では、兵士が4000軒の民家から「戦利品」を奪っている。さらに寺院やモスクに火を放ち、制圧地域からシーア派の痕跡をことごとく消し去ろうとした。カリフ制国家では、この種の破壊がいたるところで行われている。
(引用にあたり、漢数字を算用数字に変更)
これほど残虐な行為をするのは、反政府勢力を掌握する戦術としての側面もあるが、源をたどると655年に勃発したムスリム同士の第一次内乱に遡るのだそうだ。
これは、スンニ派とシーア派の間で起きた最初の抗争で、第三代正統カリフ、ウスマーンを支持するスンニ派と、後に第四代正統カリフとなるアリーを支持するシーア派が後継者を争ったものだ。
種々の分析と解説をおこなったあと、最後にナポリオーニ氏は言う。
近代国家としての正統性を確立する手段として、革命は認められるが、テロは認められない。
(中略)
欧米と世界がこの問題への対応を誤るなら、世界秩序に悲惨な影響をもたらすことになろう。
「イスラム国」が制圧地域の拡大に成功しているとしても、テロで国家を作ることを許してはならない、との主張が読み取れる。
ただ、研究者の立場からとはいえ、評論家的な物言いに聞こえるのが残念だった。 明日に続く