ツタンカーメン死後の奇妙な物語


著者:ジョー・マーチャント/著 木村博江/訳  出版社:文藝春秋  2014年9月刊  \2,106(税込)  373P


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古代エジプトの歴史遺産は、多くの人を惹きつける魅力をもっている。


スフィンクスやピラミッドなどの遺跡や、かつての王たちが永遠の命を願って死後も肉体を保存しようとしたミイラには多くの観光客が押し寄せる。


特に有名なのがツタンカーメンだ。
墓荒らしの被害にあわずに無傷で発見されたこと、黄金のマスクなどの宝の山に囲まれていたこと、若くして亡くなったことなどから、発見当初から世界中で注目されてきた。


本書は、1922年にツタンカーメンの墓が発見されてから、王のミイラがさまざまな手法で解剖、解析されてきた過程を掘り起こすルポルタージュである。


ツタンカーメンが発見される数十年前から、エジプト学が盛り上がっていた。
本書の冒頭、考古学者たちが競争するようにあちこちを掘り返したあと、とうとうツタンカーメンの墓を発見するまでの様子が3章にわたって紹介されている。


それまでの発掘よりもていねいに記録が残されたおかげで、どの場所で何が発見されたか、発掘現場で立ち会っていたかのようにたどることができる。


発見されてから3年後。ツタンカーメンの「検死解剖」が行われた。
ミイラの足のほうから固く巻かれた布を一枚ずつ、ゆっくりていねいにはがしていく。首に達するまで5日もかかるほど時間をかけた。


生身の肉体を残すために、どのような処置が行われたのか、詳しい方法も1章を割いて書かれていて、見方によってはややグロテスクだ。


その後、科学や医学が進歩するたびにツタンカーメンは、エックス線やCTスキャンの機械に入れられ、今世紀に入って、とうとうDNA鑑定にかけられる。


鑑定の結果は、次のように報じられた。

ナショナル・ジオグラフィック・ニュースでは、「あばかれたツタンカーメンの謎/身体障害、マラリア、近親相姦」と報じられ、「デイリーメイル」は、もう少し長いこんな見出しを使った。「はぎとられた仮面、歩行に杖が必要だった障害者ツタンカーメンの素顔。彼の両親は近親相姦だった」


偉大なファラオの権威はむざんに失墜させられたのだが、この鑑定結果に専門家から疑問の声が寄せられた。
ツタンカーメンのミイラから抽出したというDNAに、異物が混入している可能性があるのではないか。3000年前のDNA以外のものを鑑定したのではないか、と。


この90年のツタンカーメンの数奇な物語を読み終え、浮かんでくる素朴な感想は、「ツタンカーメンがかわいそうだ」ということだ。


墓荒らしにも見つからずに3000年も静かに眠っていたのに、とうとう西洋人に見つかってしまい、ぞんざいに扱われてしまった。王族としての威厳も権威も尊重してもらえず、解剖されたり、エックス線にさらされたり、DNA検査とかいう怪しい検査のために骨の一部を持っていかれる。


あげくの果てに、やれ近親相姦だった、とか、病弱だったとか、さんざんな言われ方をされたかと思ったら、いやいや検査が不正確だったという反論も出てくる始末。


ツタンカーメンにとって、考古学も、最新科学による調査も、インディージョーンズの冒険も、墓荒らしも、ぜーんぶ同じ。


いいかげん、そっとしておいて欲しい。墓をもとにもどせ! ――と、ミイラの奥で叫んでいるかもしれない。


ツタンカーメンにとって幸いなことに、2011年のエジプト民主革命後の混乱のため、政府の考古局もツタンカーメンの謎の解明をつづける余力がない。
遠く、極東の島国から、しばしの休息が少しでも続くことを願う。