ローマ法王に米を食べさせた男


副題:過疎の村を救ったスーパー公務員は何をしたか?
著者:高野 誠鮮  出版社:講談社  2012年4月刊  \1,470(税込)  254P


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「おまえみたいなヤツは、農林課に飛ばしてやる!」


本書は、上司から怒鳴られた場面からスタートする。


地方公務員のくせにNASAと直接交渉したりする著者の高野氏は、そりの合わない上司と、ことあるごとに衝突していた。
とうとう2002年4月には、生涯学習課から農林課に飛ばされてしまう。


高野氏の勤務先は石川県羽昨(はくい)市役所。
右も左も分からない農林課で担当したのは、「中山間地域等直接支払制度」という山あいの農家に補助金を支給する制度だった。


神子原(みこはら)という地区に出向いて、農家の人々にこの制度の説明をしたとき、この地域の過疎のすごさに高野氏はショックを受ける。


1984年に196世帯832人が住んでいたのが、2004年には169世帯527人と、20年間で37%も人口が減少し、高齢化率(65歳以上の比率)が57%に達していた。
標高150mから400mの傾斜地に農家が点在し、2mを越す豪雪地帯の中で、棚田でコシヒカリを作っている。
年間所得が87万円しかないため、後継ぎは都会へ出て行ってしまう。1995年には小学校が廃校になり、子供が一人も生まれないので保育所も取りこわされた。


限界集落」と呼ばれる状況になるまで、役所は何をしていたのか。この人たちに申し訳ない……。
みんなの生きている間に、何か手を打たなければならない。


おりしも、「過疎高齢化した集落の活性化」を公約にかかげた新市長が誕生し、高野氏が農家のために働く環境が整った。
新市長から、「農作物を1年以内にブランド化する」という命題を与えられ、高野氏はフル回転で活動を開始する。


まず市長に提案したのは、
  「稟議書は出しません。決裁書も書きません」
という運営方針だった。


そもそも、いままで有効な方策を打ってこなかった役所の上司にお伺いをたてるのはおかしい! と高野氏は考えたのだ。
それに、いままでやったことのない方策を打つのだから、常識にとらわれた役所の上司はすんなりと許可してくれない。説得しているうちに、あっという間に1年が過ぎてしまうに違いない。


どうせ予算が60万円しか無いのだから、という理由で、「事後報告だけ」という前代未聞の方式を市長に了承してもらうことに成功する。


このあと、高野氏は神子原地区を活性化させるため、次々とお金のかから
ないプロジェクトを仕掛けた。

  • 空いている家や遊休農地をIターン希望者に貸与する「空き農地・空き農家情報バンク制度」
  • 1口3万円でオーナー契約してもらい、田植えと稲刈りには農作業も体験してもらう「棚田オーナー制度」、
  • 都会の大学生が地元の農家と仮の親子関係を結び、2週間の宿泊・農業体験をしてもらう「烏帽子親農家制度」
  • 口コミで本格的コーヒー店を開き繁盛させた「農家カフェ」


そして、満を持して手をつけたのが、JAを通さずに米を売る直売である。


「米を売ったことがない俺らに出来るわけがない」と反対され、協力してくれるのはたった3軒の農家だけになってしまったが、高野氏はめげない。切羽詰まった状況になればなるほど燃えてくる体質なのだ。


ともかく有名人に食べてもらおう、と、最初にアプローチしたのは宮内庁だった。
「皇室御用達」というお墨付きを手にしようとしたのだが、あえなく失敗。


次に考えついたのが、本書のタイトルにもなっているローマ法王。「神子原」という地名は、「神の子の住む野原」という意味じゃないか! これはローマ法王に食べてもらうしかない、と思いついたのだ。


ローマ法王がふだんお米を食べているか、なんて考えてもしかたない。
すぐに手紙を書いて返事を待った。


しかし、ローマ法王から返事は来ない。
1ヵ月待っても来ない。2ヵ月待っても来ない。


仕方がない、次は……、そうだ「米国」というくらいだから、アメリカの大統領に食べてもらおう。
路線変更してアメリカ大使館と交渉をはじめた時に、なんと! ローマ法王庁から連絡があった。


東京のローマ法王庁大使館で話を聞いてくれる、というので、急きょ上京することになった。
市長にも行ってもらったほうがいい、と、「くわしいことは後で説明しますから、明日、飛行機に乗ってください」と市長のスケジュールを変更してもらった先に待っていたのは……。


ここから先、ワクワクする成功談が続くのだが、「あとは読んでのお楽しみ」とさせていただく。


「スーパー公務員」と呼ばれて、自分なんてまだまだ、と謙遜する高野氏はかっこいい。次々とアイデアを出して、当事者自身があきらめていた山あいの農村の活性化を実現した姿に、本当に頭が下がる。


本書に何度か登場するのが、3種類の公務員の存在。

いてもいなくてもいい公務員。
いちゃ困る公務員。
いなくちゃならない公務員。


「それを選んでいるのは、結局、本人なんですね」と言いながら、今日も高野氏は次の作戦を練っている。